第八十三話 姉妹の相談
グランディア帝国からの使節との会談は、滞りなく終わった。
先の神光教騒動については、帝国側から正式に謝罪が行われた。
中央が命じたものではないこと。
それでも、帝国内の神殿から始まった騒動であり、他国に迷惑を掛けた責任はあること。
アルセリア皇国も、その説明を受け入れた。
今後の交易や使節の往来についても話し合いが行われ、両国はこれまでより関係を深めていくことで一致した。
そして。
エルナへの縁談については。
「大変ありがたいお話ではございますが、今回は辞退させていただきますわ」
エルナ本人が、改めてそう伝えた。
グランディア側も無理に話を進めることはなく。
縁談だけが成立しないまま、使節は帰国することになった。
◇
それから数日後。
エルナは、アイリスの部屋を訪れていた。
「お姉様?」
「少し、お話がありますの」
「もちろんですわ」
アイリスが席を勧める。
二人分の飲み物が用意され。
しばらくして、エルナが口を開いた。
「先日の縁談についてです」
「グランディアの?」
「ええ」
「もうお断りしましたわよね?」
「そうなのですけれど」
エルナはカップを置いた。
「わたくし、少し考えてみましたの」
「何をですの?」
「どうして、あれほどすぐに断ったのかを」
「…………」
アイリスも、少しだけ真面目な顔になる。
「グランディアが嫌いなわけではありませんわ」
「そうですわね」
「今回の会談でも、きちんとお話はできました」
「はい」
「それに、縁談のお相手については、名前すら聞く前に断ってしまいましたもの」
「そうでしたわ!」
アイリスが今さら思い出したように言った。
「でしたら、お相手が嫌だったわけでもありませんのね」
「ええ」
「では、どうしてですの?」
エルナは少し黙った。
「皇国を離れたくなかった、というのもあります」
「分かりますわ」
「お父様やお母様」
「はい」
「アイリス」
「はい!」
「リゼットや、皆とも離れることになりますもの」
「それは嫌ですわね」
「ええ」
そこまで言って。
エルナは少しだけ視線を落とした。
「それに」
「?」
「……ヴィンセントのことも、あるのだと思います」
アイリスが止まった。
「ヴィンセント?」
「ええ」
「…………」
「最近、少し気になるのです」
「お姉様が?」
「そうですわ」
エルナは少し照れたように笑った。
「以前から、とてもよく気がつく方だとは思っていました」
「そうですわね」
「お母様がお疲れの時も、何も言われる前から動いておりましたし」
「はい」
「わたくしの誕生日にも、わたくしに似合うものを考えて選んでくださいました」
「そうでしたわね」
「それに」
エルナは少し考える。
「誰かに言われたからではなく、自分からしてくださることが多いでしょう?」
「……確かにそうですわ」
「ですから」
一度言葉を止める。
「もし、わたくしが将来誰かと一緒になるのであれば」
アイリスが黙って聞く。
「ヴィンセントのような方がよいのではないか、と」
「…………」
「最近、考えるようになりましたの」
◇
アイリスは、しばらく何も言わなかった。
「アイリス?」
「少しお待ちくださいまし」
「ええ」
かなり真剣に考えている。
エルナも急かさず待った。
「……わたくし」
「はい」
「よく分かりませんわ」
「そうですか」
「お姉様のお話を聞いても」
「ええ」
「わたくしがヴィンセントを好きなのか、と聞かれますと」
アイリスは首を傾げる。
「まだ、よく分かりませんの」
「それでよいと思いますわ」
「ですが」
アイリスは、今度ははっきりと顔を上げた。
「お姉様がヴィンセントと結婚して」
「ええ」
「ヴィンセントがお姉様のところへ行ってしまうのは」
「…………」
少し考えて。
「嫌ですわ」
エルナが妹を見る。
「嫌なのですか?」
「嫌ですわ」
「どうして?」
「それが分かれば、困っておりませんわ!」
アイリスが少しむくれる。
エルナは思わず笑った。
「笑わないでくださいまし!」
「ごめんなさい」
「お姉様が嫌なのではありませんのよ?」
「分かっています」
「ヴィンセントをお姉様に取られるのが嫌なのですわ!」
「それは」
エルナは少し考えた。
「十分、分かりやすいような気もしますけれど」
「分かりませんわ!」
◇
しばらく。
二人で考えた。
弟が生まれた。
まだ皇位について安心できるわけではない。
けれど。
以前よりは、エルナ自身の将来について考える余裕も生まれた。
「弟もおりますし」
エルナが言う。
「以前よりは、自分の将来についても考えられるようになりましたわ」
「そうですわね」
「それで」
「はい」
「ヴィンセント」
「…………」
二人とも黙った。
「お姉様は、ヴィンセントと一緒になりたい」
「……そうなのだと思います」
「わたくしは」
「はい」
「よく分かりませんけれど、取られるのは嫌」
「そうですわね」
「…………」
「…………」
アイリスが腕を組んだ。
しばらくして。
顔を上げる。
「では」
「はい?」
「二人とも、ではいけませんの?」
今度は。
エルナが止まった。
「…………」
「お姉様?」
「いえ」
エルナは少し考える。
「その発想はありませんでしたわ」
「駄目ですの?」
「……どうでしょう」
「お姉様は嫌ですの?」
「アイリスと、ということですか?」
「はい」
「嫌ではありませんわ」
「では!」
「まだ何も決まっておりませんよ?」
「ですが、可能性はありますわ!」
アイリスが少し元気になる。
エルナも。
困ったように笑った。
◇
それから、さらに数日後。
皇帝は執務室で、エルナを前にしていた。
「グランディアの縁談は断ったが」
「はい」
「エルナよ」
「はい」
「お主も、そろそろ婚姻については考えておかねばならんぞ」
「分かっておりますわ」
「そうか」
皇帝は少し安心したように頷く。
「ならば、今後また良い話があれば――」
「そのことで」
「ん?」
エルナが静かに続ける。
「お父様に、ご相談がありますの」
「ほう」
皇帝は椅子へ背を預けた。
「申してみよ」
「わたくし」
一度。
隣に座るアイリスを見る。
アイリスも頷いた。
エルナは皇帝へ向き直る。
「ヴィンセントとの婚姻を考えております」
「…………」
皇帝の動きが止まった。
「……ヴィンセントと?」
「はい」
「お主が?」
「はい」
皇帝は少し考えた。
驚きはした。
だが。
全く理解できない話でもない。
「まあ……」
皇帝は腕を組む。
「お主自身が望むのであれば、考える余地は――」
「わたくしもですわ!」
「…………」
皇帝が。
ゆっくりとアイリスを見る。
「何がだ?」
「ヴィンセントですわ!」
「…………」
「わたくしも、一緒に」
「ええっ!?」
皇帝の驚いた声が、執務室いっぱいに響いた。




