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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第一章 ヴィンセント登場
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番外編ーヴィンセントの評価ー


皇后の私室


 皇宮の一室。


 皇后の私室には、皇后陛下をはじめ、参謀のノリス、副団長、そしてアイリスが集まっていた。


 テーブルの上には、一冊の資料が置かれている。


「では、副団長」


 皇后が静かに口を開いた。


「改めて、ヴィンセントについて報告してください」


「はっ」


 副団長が姿勢を正す。


「出自については、すでに確認しております。地方伯爵家の三男。身元についても間違いございません」


「ええ。そこまでは承知しておりますわ」


 皇后が頷く。


「では、その詳細を」


「…………」


 副団長の返事が、わずかに遅れた。


 皇后が目を細める。


「歯切れが悪いですね?」


「はっ……」


「何か、良くない情報でも?」


「いえ!」


 副団長は慌てて首を振った。


「素行そのものに問題があるわけではございません」


「そうですの?」


「はい。むしろ、素行については非常に良好です」


「では、何が問題なのです?」


「それが……」


 副団長は一度資料に目を落とす。


「まず、実家の父君からすると……」


「すると?」


「『本当に、あいつでいいのか』と……」


「まぁ?」


 アイリスと皇后が顔を見合わせる。


「それは、なぜですの?」


「続けます」


 副団長は少しだけ言いにくそうに口を開いた。


「素行は悪くありません。ただ……命令に対する態度に、少々問題がございまして」


「ヴィンセントの命令に対する態度についてです」


「命令?」


 アイリスが首を傾げる。


「はい。少々変わったところがございまして」


「と申しますと?」


「基本的に、命令に従うかどうかは……」


 副団長は少し困ったように言った。


「その時の気分次第です」


「…………」


 皇后が目を瞬かせる。


「気分?」


「はい」


「…………随分と自由ですわね」


「ええ……」


 副団長も苦笑する。


「気分が乗っていれば、普通に従います」


「なるほど」


「ですが、気分が乗らなければ――」


「従わない?」


「はい」


「身分に関係なく?」


「関係なく、です」


「…………」


 アイリスと皇后が顔を見合わせる。


「それは……」


「少々困ったものですわね」


「はい」


 副団長が頷く。


「ただし、例外がございます」


「例外?」


「実家の母君と姉上、アイリス殿下と皇后陛下です」


「まぁ?」


「お二人からの命令であれば、気分に関係なく必ず従うそうです」


「…………」


 皇后が少し目を丸くする。


「私も?」


「はい」


「まぁ……」


 アイリスも少し嬉しそうにする。


「それなら問題ありませんわね」


「ええ」


 皇后も微笑む。


「少なくとも、私たちの命令を聞いてくれるのであれば」


「…………」


 ノリスが少し考える。


「しかし、それ以外の者は気分次第……」


「はい」


「……ずいぶんと極端ですな」


 副団長が苦笑する。


「本人曰く、『気分が乗らないものは仕方ない』とのことで」


「まぁ……」


 皇后は少し呆れたように笑った。


「随分と正直な方ですこと」


 アイリスも考える。


「でも、私とお母様には必ず従うのでしょう?」


「はい」


「では」


 アイリスは満足そうに頷いた。


「問題ございませんわね」


「…………」


 ノリスは何とも言えない顔をした。


「……本当に、それでよろしいのでしょうか」


「よろしいのではありませんこと?」


 皇后が微笑む。


「はい」


 副団長も頷く。


「そして実力については、疑いようがございません」


 アイリスは満足そうに笑った。


 皇后も頷く。


「……そして」


「?」


「女好きではあるようです」


「…………」


「…………」


 アイリスと皇后の顔から、笑みが消える。


「え?」


「……何か、女性関係で問題でも?」


 皇后が尋ねる。


「いえ!」


 副団長は慌てて否定した。


「無理に迫った、などという話ではございません! そのような問題は一切起こしておりません!」


「では……?」


「ただ……」


 副団長は、机の上にもう一つの資料を置いた。


---------------



 副団長は、もう一枚の資料を取り出した。


「地元で、少々気になる記録がございます」


「気になる記録?」


「はい。ヴィンセントが地元にいた頃、犯罪組織と揉め事になったことがありまして」


「まぁ」


 アイリスが資料を見る。


「それは……仕方ありませんわね」


 皇后も頷く。


「悪を打ち倒すというのも、騎士の務めでしょう」


「それは、そうなのですが……」


 副団長が少し困った顔をする。


「問題は、その後です」


「?」


 アイリスが資料を覗き込む。


「この犯罪組織……壊滅しておりませんわね?」


「はい」


 皇后も資料を見る。


「ヴィンセントほどの実力があるなら、なぜ壊滅させなかったのです?」


「それが……」


 副団長は苦笑する。


「組織の方が早々に、武力ではヴィンセントに勝てないと悟ったようでして」


「まぁ」


「そこで……」


「そこで?」


 副団長は一拍置いた。


「女性を使って、ヴィンセントを籠絡しようとしたようです」


「…………」


「…………」


 アイリスと皇后が顔を見合わせる。


「まさか」


「はい」


 副団長は頷いた。


「そのまさかです」


「……それで?」


 ノリスが資料を覗き込みながら尋ねる。


「それで、壊滅していないということは……」


 少し嫌な予感がした。


「まさか、引っかかったのか!?」


「それが……」


 副団長は何とも言えない表情を浮かべる。


「引っかかったと言いますか……」


「と言いますか?」


「結果的には……」


 少し間を置いて。


「『定期的に女性が来るから、まぁいいかな』となったようでして」


「…………」


 ノリスが固まった。


「…………」


 皇后も一瞬黙る。


 アイリスは意味を理解するまで、少し時間がかかった。


「…………定期的に?」


「はい」


「…………」


 ノリスが頭を抱える。


「いや……」


 そして、はっと顔を上げる。


「これ、アイリス殿下に聞かせて大丈夫なのか!?」


 皇后は涼しい顔で答えた。


「アイリスも、もう公務を務める身ですもの」


「…………」


「これしきのことで動揺していてはなりませんわ」


「は、はい!」


 アイリスは背筋を伸ばした。


「問題ありませんわ!」


「では、続けます」


 副団長が資料をめくる。


「籠絡しようと送り込まれた女性ですが――」


「はい」


「翌朝、ヴィンセントの実家の屋敷、その門前で這いずっているところを発見されまして」


「…………」


 ノリスが沈黙する。


 皇后は口元に手を当てた。


「あらあら……」


 そして、楽しそうに微笑む。


「うふふ」


「まぁ!」


 アイリスが目を輝かせる。


「では、ヴィンセント殿が返り討ちにしたのですね!」


「はい」


 副団長は頷いた。


「そのまま屋敷の者に捕縛されたそうです」


「まぁ!」


 アイリスは嬉しそうに笑う。


「やはり頼りになる方ですわね!」


「ええ」


 皇后も頷いた。


「頼もしいことですわ」


 ノリスは額を押さえる。


「……しかし」


「はい?」


「なぜ、よりによって屋敷の門前に……」


「それは私にも分かりません」


 副団長も遠い目をした。


「ただ、その後も小競り合いが起こるたび、似たようなことになったようでして」


「…………」


「そのうち、ヴィンセント自身も気づいたようです」


「何にです?」


「『この組織、女性を寄越してくるな』と」


「…………」


 ノリスはもう何も言わなかった。


「そして、実家からも言われたようです」


「母上と姉君が?」


「はい」


 アイリスが尋ねる。


「まさか、お二人が命令されたのですか?」


「いえ」


 副団長は首を横に振った。


「『こういうことは頼りないかもしれないけれど、騎士団に任せなさい』と」


「まぁ!」


「そして母君と姉君は……」


「はい」


「二人とも、にこにこと笑っていただけだそうです」


「…………」


 皇后は、なんとなくその光景が目に浮かんだらしい。


「あらあら……」


 くすりと笑う。


「素敵なお母様とお姉様ですわね」


「はい」


 副団長も苦笑した。


「ということは、ヴィンセントは――」


「はい」


「一般的な青年、ということになりますね」


「では、問題ございませんわね」


「はい」


 皇后は満足そうに頷いた。


 ただ。


 ノリスだけは、しばらく資料から目を離せなかった。


「……屋敷の門前で、這いずっている女性……」


「ノリス殿?」


「……いえ。何でもありません」


 どうにも想像力が働いてしまう参謀なのであった。


---------------


皇后は、資料を閉じながらアイリスを見る。

「…………」


「お母様?」


「いえ……」


 皇后は少しだけ微笑む。


「アイリス……」


「はい?」


「あなたが将来……」


 ほんの少し間を置いて。


「部屋の前で這いつくばるようなことにならないことを、祈っていますわ」


「…………」


 アイリスが目をぱちぱちさせる。


「お母様!」


「はい?」


「わたくし、負けませんわ!」


「…………」


 皇后は一瞬きょとんとしたあと。


「……あらあら」


 口元に手を当てる。


「うふふ……」


「お母様!?」


「そうねぇ」


 皇后は楽しそうに笑う。


「頑張りなさい、アイリス」


「はい!」


 アイリスは胸を張って力強く頷いた。


 ――何に負けないつもりなのか。


 本人だけが、まだよく分かっていなかった。



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