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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
神光教とグランディア帝国
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第八十一話 皇子誕生


 親善野球大会が終わり、各国の代表団が帰国してから数週間後。


 皇宮は、朝から落ち着かない空気に包まれていた。


「……まだか」


 皇帝が廊下を行ったり来たりしている。


「お父様」


 エルナが声を掛ける。


「少し落ち着かれてはいかがですか?」


「落ち着いておる」


「先ほどから同じところを何度も往復しておりますわ」


 アイリスが指摘すると、皇帝は足を止めた。


「待っているしかないのだから、仕方なかろう」


「それは、わたくしたちも同じですわ」


 皇后は、少し前に産気づき、侍女や医師たちとともに奥の部屋へ入っていた。


 家族は外で待つよう言われている。


 エルナ。


 アイリス。


 皇帝。


 そして、少し離れたところにはヴィンセントもいた。


「ヴィンセント」


「はい?」


「あなたは、ずいぶん落ち着いておりますのね」


 アイリスが言う。


「わたしが慌てても、できることがありませんので」


「それはそうですけれど」


「必要なものがあれば、すぐに用意できます」


「もう十分揃っておりますわ」


「でしたら、待ちます」


「……そうですの」


 いつも通りだった。


 ただし、皇后が部屋へ入る前。


 椅子。


 飲み物。


 食べやすいもの。


 移動の補助。


 必要になりそうな物を、ほとんど先回りして用意していたのもヴィンセントだった。


「お前」


 皇帝が振り返る。


「こういう時まで妙に手際がよいな」


「皇后陛下がお疲れでしたので」


「…………」


「何か?」


「いや」


 皇帝は再び歩き始めた。



     ◇



 それから、しばらく。


 誰も大きな声を出さなかった。


 廊下を通る侍女の足音。


 扉が開く音。


 中から聞こえる指示の声。


 そのたびに、皇帝が反応する。


「今のは?」


「お父様」


「いや、分かっておる」


「何も聞いておりませんわ」


「分かっておると言っておろう!」


 アイリスは、隣のエルナを見る。


「お父様、かなり緊張しておりますわね」


「そうですね」


「聞こえておるぞ」


「聞こえるように申し上げましたもの」


「アイリス!」



     ◇



 やがて、奥の扉が開いた。


「陛下」


 侍女が出てくる。


 皇帝が、すぐに侍女へ歩み寄った。


「どうだ」


「無事に、お生まれになりました」


「……!」


 エルナも、アイリスも、同時に顔を上げる。


「皇后は?」


「お疲れではありますが、お身体に大きな問題はございません」


 皇帝が、大きく息を吐いた。


 それから。


「子は?」


 侍女が微笑む。


「男の御子にございます」


 一瞬、静かになった。


 次の瞬間。


「弟ですの!?」


 アイリスの声が廊下へ響いた。


「はい」


「まあ!」


 アイリスは、すぐにエルナを見る。


「お姉様! 弟ですわ!」


「聞こえていましたよ」


 そう答えながらも、エルナも嬉しそうに笑っていた。


 皇帝は、まだ何も言わず、その場に立っている。


「お父様?」


「……ああ」


 ようやく声が出た。


「そうか」


 そして、もう一度。


「そうか……」


 今度は、はっきりと笑った。



     ◇



 しばらくして。


 家族は、皇后のもとへ通された。


 大きなベッドに横になる皇后の隣。


 小さな寝台には、生まれたばかりの赤子が眠っていた。


「まあ……」


 アイリスが、そっと覗き込む。


「小さいですわ」


「生まれたばかりですからね」


 皇后が微笑む。


「お母様、お身体は大丈夫ですの?」


「ええ。少し疲れましたけれど」


「本当に?」


「本当ですよ」


 エルナも、母の様子を確かめてから赤子を見る。


「この子が……」


「ええ」


「わたくしたちの弟……」


 赤子が、小さく手を動かした。


「動きましたわ!」


「動きますよ」


「分かっておりますわ!」


 アイリスは、かなり嬉しそうだった。



     ◇



「陛下」


 皇后が皇帝へ声を掛ける。


「はい」


「抱いてみますか?」


「よ、余がか?」


「お父様ですもの」


「いや、それはそうだが」


 皇帝は、明らかに緊張した。


「落としませんわよね?」


「落とすものか!」


「では」


「待て、アイリス。急かすな」


 侍女に抱き方を教えられ。


 皇帝は慎重に、本当に慎重に、赤子を腕へ抱いた。


「…………」


 皇帝として会談に臨んでいる時とは、まるで別人のようだった。


「お父様」


「何だ」


「顔が」


「何だ」


「ものすごく緩んでおりますわ」


「うるさい」


「うふふ」


 皇后が笑った。



     ◇



 ヴィンセントは、少し離れたところから、その様子を見ていた。


「ヴィンセント」


 皇后が呼ぶ。


「はい」


「あなたも、近くで見ますか?」


「よろしいのですか?」


「もちろんですよ」


 ヴィンセントが近づく。


 赤子を見る。


「小さいですね」


「皆、同じことを申しますのね」


 アイリスが言う。


「事実ですので」


「それはそうですけれど」


 赤子が、また手を動かした。


 ヴィンセントは少しだけ目を細める。


「元気そうで何よりです」


「ええ」


 皇后も穏やかに頷いた。



     ◇



 その日の夜。


 皇宮は、昼間とは違う静かな喜びに包まれていた。


 大きな宴を開くのは、皇后の体調が落ち着いてから。


 今は、無事に生まれたことを家族と近しい者たちで喜ぶだけだった。


 エルナは、自室へ戻る途中、一度だけ足を止めた。


 弟が生まれた。


 男の子。


 皇位を継ぐことのできる、新しい家族。


「…………」


 もちろん、まだ生まれたばかりだ。


 この先、どう育つかも分からない。


 何も決まったわけではない。


 それでも。


 これまで自分のどこかにあったものが、少しだけ軽くなった気がした。


「これで……」


 エルナは、小さく呟く。


「少しは、安心できますわね」


 誰に聞かせるでもなく、そう言って。


 静かに歩き出した。


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