第八十話 親善大会の終わり
数日間にわたって行われた親善野球大会も、いよいよ最終日を迎えていた。
各国の代表や皇国内の予選を勝ち抜いたチームが試合を重ね。
最後まで勝ち残ったのは、アルセリア皇国の代表だった。
「やりましたわー!」
最後の打球が捕られた瞬間、アイリスが立ち上がる。
球場には大きな歓声が広がった。
優勝。
アルセリア皇国。
もっとも。
「…………」
ヴィンセントは、少しだけ不満そうだった。
「どうしましたの?」
「最後の方、ほとんど打たせてもらえませんでした」
「仕方ありませんわ!」
大会の序盤。
何度か勝負されたヴィンセントは、そのたびに球を遠くへ飛ばした。
ホームラン。
ホームラン。
またホームラン。
そして。
対戦相手たちは学習した。
「申告敬遠!」
それ以降。
ヴィンセントの打席では、ほとんど同じ声が上がることになった。
「ルールで認められておりますもの!」
「そうなんですが……」
「それでも優勝したではありませんか!」
「わたし、後半はほとんど何もしていませんよ?」
「最初に十分しておりますわ!」
その横では、リゼットが優勝を祝って酒を開けようとしていた。
「リゼット」
「はい?」
「まだ昼ですわよ?」
「祝勝ですので」
「理由になっておりませんわ!」
◇
表彰が行われ。
優勝した皇国代表へ賞が渡される。
サウレア。
ウェストリア。
そして大会を見物するため途中から皇都を訪れていたノルディアの一行も、大きな拍手を送った。
皇后も貴賓席から穏やかに拍手を送っている。
大会は。
大きな問題もなく。
無事に終了した。
「楽しかったですわ!」
アイリスは満足そうだった。
「次も――」
「少し休め」
皇帝がすぐに止めた。
「まだ何も申し上げておりませんわ!」
「次もやる、と言おうとしただろう」
「……よく分かりましたわね」
「お前の父親だからな」
◇
大会が終わった翌日。
皇宮では。
アルセリア皇国。
サウレア王国。
ウェストリア王国。
ノルディア王国。
四か国の代表が、一つの部屋に集まっていた。
本来であれば。
大会後の挨拶と、今後の交易について軽く話をする予定だった。
ところが。
「……少し、お話ししておきたいことがございます」
ウェストリア側の代表が切り出した。
「なんでしょう?」
皇帝が尋ねる。
「最近、我が国では皇国との交易量がかなり増えております」
「そうだな」
「街道についても協力しておりますし、技術交流も進んでおります」
続いて、サウレア側が頷いた。
「我が国も同じです。皇国とは、以前よりずっと深い関係になっております」
ノルディア側の代表も口を開く。
「そして我が国も、今後さらに関係を深めたいと考えております」
「それはありがたい話だが」
皇帝は三者を見る。
「何か問題でも?」
「問題というより」
ウェストリア側の代表が少し考えた。
「ここまで来ますと」
「うむ」
「それぞれ個別に話をするだけでは、少々不便ではないかと思いましてな」
「不便?」
「例えば交易路です」
サウレア側が地図を広げた。
「皇国だけでなく、我が国とウェストリア、ノルディアの間でも物が動き始めています」
「道路についても、国ごとに別々に話すより、全体で合わせた方がよい部分があるでしょう」
「何かあった場合の連絡についても同じです」
皇帝は地図を見る。
南。
西。
北。
その中央に。
アルセリア皇国。
「つまり」
皇帝は顔を上げた。
「四か国で、定期的に話し合う場を作りたいということか?」
「そのようなものです」
「正式な一国への統合ではありません」
「当然、それぞれの国はそれぞれの国のままです」
「交易や道路、技術協力。有事の際の情報共有などを、必要に応じて話し合う」
「…………」
皇帝は。
もう一度地図を見た。
「それで」
「はい」
「なぜ我が国が中心になっておる?」
三国の代表が。
少し黙った。
「……位置でしょうか」
「それだけか?」
「交易の中心でもありますので」
「技術の多くも皇国から出ております」
「道路整備も、そちらが始めました」
「…………」
皇帝は額へ手を当てた。
「これは」
ウェストリア側の代表が笑う。
「皇国を盟主とした、緩い連合のようなものになるかもしれませんな」
「待て」
皇帝が顔を上げる。
「それでよいのか……?」
「何がでしょう?」
「お主ら、自国が皇国の下に入るように見えるのだぞ?」
「実際に従属するわけではありません」
サウレア側は平然としていた。
「何かを強制されるわけでもない」
ウェストリア側も続ける。
「望まない案件は断ればよいのです」
「我が国も、それなら問題ありません」
ノルディア側まで頷いた。
「…………」
皇帝は。
三人を見る。
そこへ。
「いいではありませんか!」
アイリスの声が飛んできた。
「アイリス」
「皆様で仲良くできるのでしょう?」
「まあ、そうだが」
「道路も繋げられますわ!」
「ああ」
「交易もしやすくなりますわ!」
「そうだな」
「困った時には助け合えますわ!」
「うむ」
「では、何が問題ですの?」
「…………」
皇帝は答えに詰まった。
「いや」
「はい?」
「お前にそう言われると」
少し考える。
「確かに、何が問題なのか分からなくなってきた」
「でしょう?」
アイリスは満足そうに頷いた。
◇
こうして。
四か国は。
それぞれの独立を保ったまま。
交易。
道路。
技術。
情報交換。
必要に応じた協力について、定期的に話し合うことになった。
厳格な条約で縛るものではない。
皇国の命令に、他国が従うわけでもない。
それでも。
会談の場は、アルセリア皇国を中心に設けられる。
結果として。
外から見れば。
皇国を盟主とした緩やかな連合に見える形となった。
「……本当に、これでよいのだな?」
会談を終えたあとも、皇帝はまだ確認していた。
「何度聞かれるのですか」
ウェストリア側の代表が笑う。
「そちらから言い出した話でもありませんぞ」
「それはそうだが……」
「では、問題ありません」
「…………」
皇帝は納得しきれない顔のまま。
定期協議の開催を確認する合意書へ署名した。
◇
数日後。
各国の代表団は。
それぞれの国へ帰っていった。
サウレア。
ウェストリア。
ノルディア。
選手たちも。
使節たちも。
皇都で買い込んだ土産や。
大会での思い出を持って。
街道を帰っていく。
「また来年もやりたいですわね!」
見送りながらアイリスが言う。
「来年の話は、来年になってからにしろ」
「お父様は細かいですわ!」
「日程を組むのは誰だと思っておる!」
皇帝の声が響く。
数日前まで。
国際大会で騒がしかった皇都は。
少しずつ。
いつもの姿へ戻り始めていた。
そして。
皇宮では。
もう一つの大きな出来事が。
間もなく訪れようとしていた。
皇后の出産の日が。
近づいていた。




