第七十八話 集まる代表たち
神光教の信徒たちが東部国境から引き返して、数週間。
アルセリア皇国では、野球大会の準備が大詰めを迎えていた。
皇宮の執務室にも、参加する代表チームや宿泊先、会場の準備についての書類が届いている。
「南国サウレアの代表も、間もなく到着しますわ!」
アイリスが資料を広げると、皇帝は手元の書類から顔を上げた。
「西国ウェストリアは?」
「すでに皇国内へ入っております。予定通りですわ!」
「……なぜ、あんなことがあったのに、平然と準備を進めているのだ」
「あんなことがあったからこそですわ!」
アイリスは迷わず答えた。
「皆様に楽しく過ごしていただきませんと。それに、お母様も楽しみにしてくださっておりますもの」
皇帝が隣を見ると、皇后は穏やかに微笑んでいた。
「ええ。各国の皆さんが、どんな試合をなさるのか楽しみです」
「ほら!」
「ほら、ではない。無理はさせるなよ」
「もちろんですわ!」
皇后が座り直そうとすると、ヴィンセントがすぐに背へ当てるものを整えた。
「こちらでよろしいですか?」
「ええ、ありがとう」
「お飲み物もお持ちしますね」
皇帝はその様子を見てから、再び大会の資料へ目を落とした。
「……こちらの準備まで、抜かりがないな」
◇
「北国ノルディアからは、今回は間に合わないとの連絡が来ております」
ノリスの報告に、アイリスが少し残念そうな顔をした。
「そうですの。ご一緒できればよかったのですけれど」
「今回参加するのは、皇国と南国サウレア、西国ウェストリアの代表となります」
「分かりましたわ」
「東国エストリアについては、これから使節を派遣する段階です。大会への参加とは別に、対応を進めております」
皇帝が頷いた。
「そちらは、届いた話から順に進めよう」
「承知しました」
アイリスも頷き、大会の書類を手元へ寄せた。
「では、まずは到着される方々をお迎えしませんと!」
「アイリス」
エルナが声を掛けた。
「代表の皆様も、長旅のあとです。着いてすぐ練習のお話を始めないようにね」
「分かっておりますわ!」
「試合のお話もですよ」
「……少しくらいは、よろしいでしょう?」
エルナが妹を見る。
アイリスは、そっと資料を閉じた。
◇
数日後、皇都には南国サウレア王国の代表たちが到着した。
続いて、西国ウェストリア王国の一行も姿を見せる。
各地の予選を勝ち抜いてきた選手たちは、荷物を下ろしながら周囲を見回していた。見慣れない街並みに目を向ける者もいれば、早く会場を見たいと話す者もいる。
皇国の代表たちも、すでに集まり始めていた。
同じ競技をするために、違う国から人が来る。
アイリスは、その様子を嬉しそうに眺めていた。
「皆様、ようこそお越しくださいました!」
出迎えの挨拶を受け、両国の関係者が頭を下げる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「長旅でお疲れでしょう。まずはゆっくりお休みくださいまし。会場のご案内も、改めていたしますわ」
隣にいたエルナが、静かに頷いた。
アイリスは少しだけ胸を張り、それから続ける。
「皇后陛下のご出産を前に、皆様とお祝いの試合ができることを、楽しみにしております!」
「我々も、よい試合ができるよう努めます」
「ええ。ですが、皇国の代表も負けませんわよ!」
選手たちの間から笑い声が上がった。
◇
宿舎へ向かう途中、西国の関係者が会場の方角へ目を向けた。
街には大会を知らせる案内があり、南国や西国の代表が来たと話す人々の声も聞こえる。
「……不思議なものだな」
隣を歩く者が顔を向けた。
「何がですか?」
「我々は、自国の代表を連れて試合をしに来たはずだ」
「その通りですが」
「こうして見ると、皇国の祝い事に、各国から集まってきたようでもある」
相手も街を見回した。
皇国で生まれた競技を自国へ持ち帰り、練習を重ね、代表を決める。そして今、その代表を連れて皇都へ来ている。
以前なら、考えもしなかった光景だった。
「実際、お祝いも兼ねておりますから」
「それはそうなのだが……」
男は言葉を探した。
街道が整い、皇国の商品が入り、商人の往来が増えた。今度は競技のために、南も西もここへ集まっている。
「もはや……」
そこまで口にして、男はやめた。
「何ですか?」
「いや」
改めて見た皇都の通りを、南国の代表たちが案内されていく。その向こうでは、皇国の選手らしき者たちが足を止め、一行へ興味深そうに目を向けていた。
「……うーむ」
男は考え込みながら、宿舎へ向かった。
◇
「皆様、無事に到着されましたわ!」
皇宮へ戻ったアイリスが報告すると、皇后は嬉しそうに顔を上げた。
「それはよかったですね」
「はい! あとは会場をご案内して、日程を確認して……」
「まだ忙しそうね」
エルナが言う。
「もちろんですわ。ここからが本番ですもの!」
アイリスは机の上へ資料を並べた。
南国の代表。西国の代表。そして皇国の代表。
その名前を順に確かめながら、楽しそうに笑う。
「よい大会にいたしますわ!」
皇帝は娘の顔を見て、小さく息を吐いた。
「……まずは、予定通りに始めてくれ」
「当然ですわ!」
アイリスの返事は、どこまでも明るかった。




