第七十七話 引き返します
「……もうよい。皆、武器を下ろしなさい」
先ほどヴィンセントへ問い掛けた、年嵩の聖職者が言った。
「ですが!」
「実際に見ても、何なのかは分からなかった。ここから先は、武器で確かめる話ではありません」
反論しかけた男も、街道を見て黙った。
前列の神殿騎士が剣を地面へ置くと、後ろの者たちも続いた。
皇国軍は警戒を解かず、その様子を見守っている。
「武器を置き、これ以上進まれないのであれば、こちらから攻撃するつもりはありませんわ」
アイリスの言葉に、一人の男が顔を上げた。
「我々を捕らえないのか?」
「ここで引き返されるのでしたら、わたくしたちが国境を越えて追いかけることはいたしません。ただし、エストリア王国内で起きたことは別ですわ」
安堵しかけていた者たちの表情が変わった。
「王国軍との衝突で、負傷された方々もいると聞いております。それについて、わたくしが勝手に許すことはできません」
「……当然でしょう」
聖職者が頷いた。
「エストリア側へ連絡いたします。今度こそ指示に従って、事情を説明してくださいまし」
男は後ろの者たちを振り返った。
それからアイリスへ向き直り、頭を下げる。
「分かりました。引き返します」
◇
「太陽教について、まだお聞きになりたいことがあるのでしたら、今後は正式に訪問を申し入れてくださいまし」
「正式な使節であれば、あの現象についても?」
「司祭様方とお話しすることはできるでしょう」
聖職者は、まだ光っているヴィンセントを見た。
「……その時も、また光るのですか?」
「それは分かりませんわ!」
アイリスは即答した。
「本人にも、いつ光るか分かっておりませんもの」
ヴィンセントが自分の腕へ目を落とす。
「まだ光っていますか?」
「ええ。消せませんの?」
「やり方が分かりません。そのうち消えると思います」
「いつもそうですものね……」
聖職者は、今度こそ質問をやめた。
◇
一団は国境の手前に留まり、エストリア側への連絡を待つことになった。
皇国から水と簡単な食料が渡されると、神殿騎士の一人が戸惑った顔をした。
「よろしいのですか?」
「帰る途中で倒れられても困りますもの。それに、もう無理に進むつもりはありませんのでしょう?」
「……はい」
騎士は素直に頷いた。
やがて、一団を追っていたエストリア側の部隊が到着した。
双方の責任者が話を交わし、置かれた武器は王国兵が回収する。
神光教の者たちは、兵の指示に従って来た道を戻り始めた。
聖戦だと叫ぶ者は、もういない。
ただ、何人かが振り返り、ヴィンセントと抉れた街道を交互に見ていた。
「……行きましたわね」
アイリスが息を吐くと、指揮官も頷いた。
「ほかの集団については、引き続きエストリア側と連絡を取ります」
「お願いしますわ」
アイリスは足元へ目を向けた。
「これ、直さなければなりませんわよね?」
ヴィンセントも、抉れた地面を覗き込んだ。
「……そうですね。私がやりましょうか?」
「今度は道路を作るために、地面を叩かないでくださいましね」
「分かりました」
親衛隊の何人かが、アイリスのそばでそっと身構えた。
◇
皇都へは有線通信で、エストリアの王都へは使者によって、国境での顛末が伝えられた。
数日後、エストリア王は報告書の一文を読み返していた。
「皇国側に負傷者なし。戦闘もなし。ただし、街道に大きな損傷あり?」
「はい」
「戦闘がなかったのに、なぜ街道が壊れる」
「金色の鐘鎚を持った護衛騎士が、地面を一度叩いたと」
王は報告役の顔を見た。
報告役も、それ以上は説明できなかった。
「……もうよい。とにかく、あの一団は止まったのだな」
「はい。現在、我が国の部隊が身元や経緯を確認しております」
「衝突に関わった者は、きちんと調べろ。ほかの集団への対応も続けるのだ」
指示を書き留める官僚を見ながら、王はもう一度書状へ目を落とした。
「グランディアにも送れ」
「どの部分をお伝えしましょうか?」
「全部だ。最初から最後まで」
◇
さらに東へ報告が運ばれ、グランディア帝国の中央でも顛末が知られることになった。
「国境で引き返したのか」
「はい。第二皇女アイリス殿下と、その護衛騎士が対応したとのことです」
「戦闘にならずに済んだのなら、まだ――」
「ただ、護衛騎士が地面を鐘鎚で叩いたそうです」
官吏は担当者を見た。
「なぜ地面を?」
「人を殴らないよう、皇女殿下から言われたため」
しばらく、二人とも黙った。
「それで街道が大きく抉れ、騎士本人が金色に光り、近隣の太陽教の教会の鐘まで鳴った、と」
「……これは、何の報告だ?」
「国境での対応について、なのですが」
「そうだったな」
官吏は報告書を受け取り、最初から読み直した。
停止命令を無視した者たちへの対応も、各地の神殿への指示も必要だ。
エストリアでは負傷者が出ており、皇国にも迷惑を掛けている。
「正式な使節の派遣を上へ諮ろう。エストリアとアルセリアの双方へ」
「目的は?」
「まずは謝罪だ。再発を防ぐための協議も必要になる」
そこまで言って、官吏の目が報告書の一か所で止まった。
「……太陽教への問い合わせも、相手の了承を得て行うべきだろう」
「確認するのですね」
「ああ」
官吏は顔を上げた。
「正式に」
ようやく、国同士で話をする準備が始まった。




