第七十五話 東部国境
数日後、アイリス一行は東部国境都市へ到着した。
出迎えた責任者への挨拶を済ませると、そのまま会議室へ向かう。
「国境へ近づいている集団は、百数十名です」
東部軍の指揮官が地図を広げた。
「エストリア側が追っておりますが、このまま進めば明日にも到達する可能性があります」
「向こうの責任者とは、連絡できますの?」
「近隣の国境拠点とは、使者を優先して通す取り決めをしております。有線通信は、まだ両国間では繋がっておりませんので」
「でしたら、わたくしが到着したことをお伝えくださいまし。それと、通行を認めず、止めようとしてくださっていることにも感謝しております、と」
その日の夕方、エストリア側の国境拠点から返書が届いた。
引き続き進行を阻止すること。
万一制止を突破する者が出ても、王国が通行を許可したものではないことが記されている。
「そこまで書かれておりますのね」
アイリスは書状を置いた。
「承知しました、とお返事をお願いします。こちらも備えますわ」
◇
翌朝、街道に神光教の旗が見えた。
国境を守る皇国軍は盾を並べ、槍を立てて待っていた。
その後ろにアイリスと親衛隊が控え、ヴィンセントも隣を離れない。
「これより先は、アルセリア皇国領です。その場で止まってください!」
指揮官の声に、一団が足を止めた。
「武器を持つ者は、地面へ置いてください!」
「我々は太陽教へ向かう!」
前列の神殿騎士が声を上げた。
「事情は承知しております。しかし、このまま通すことはできません」
「戦いに来たのではない!」
「でしたら、武器を置いてください」
騎士は答えず、後ろの者たちも動かなかった。
アイリスが兵の列まで進み出ると、親衛隊とヴィンセントも付き従った。
「わたくしは、アルセリア皇国第二皇女、アイリスです。皆様のお話は伺っておりますが、改めてお聞きしますわ。何を確かめに来られましたの?」
皇女と聞いてざわめいた一団から、別の男が声を張った。
「金色に光る騎士、勝手に鳴る鐘、白い羽。それに聖女と呼ばれる女騎士だ。心当たりはあるだろう!」
「やはり、それですのね」
「では説明しろ! 何の力だ!」
「分かりませんわ」
男の口が止まった。
「……何?」
「司祭様方も調べておられますけれど、未だに分からないそうですわ」
「では、その男は何なのだ!」
指されたヴィンセントを見て、アイリスが答える。
「ヴィンセントですわ」
「名前を聞いているのではない!」
「アイリス殿下の護衛騎士をしております」
「そういうことでもない!」
ヴィンセントは少し困った顔をした。
◇
「お前が、例の光る騎士なのだろう。理由を知らないはずがない!」
「本当に分からないんですよね」
「誤魔化している!」
群衆から声が飛び、アイリスが眉を寄せた。
「分かっていないことを、分かっているとは申し上げられませんわ」
「聖具でも変わらなかったと聞いたぞ!」
「そんなことまでご存じなんですの?」
アイリスは少し驚いた顔をしたが、詳しいことは答えられなかった。
神光教側では、何人かが顔を見合わせている。
噂を辿って来た自分たちの方が、調査の細部を知っているらしい。
「正体も分からぬ力を、神聖なものとして広めるつもりか!」
「わたくしたちは、神の力だと断定しておりませんわ」
「なら、なぜ聖騎士と呼ぶ!」
「そう呼ぶ方がいるのです。本人が名乗ったわけではありませんもの」
「聖女もか!」
「ええ」
答えるたびに、後ろから別の問いが飛んでくる。
アイリスは声が途切れたところで、一団を見渡した。
「皆様が知りたいことは分かりました。ですが、今お答えできるのはここまでですわ。さらにお話をするのであれば、正式に訪問を申し入れてくださいまし」
「ここまで来て、引き返せというのか」
前列の神殿騎士が、剣の柄へ手を掛けた。
「ならば、その力を我々の前で示してもらおう」
「手を離せ!」
皇国軍の指揮官が叫ぶと、周囲の兵も盾を上げた。
「確認するだけだ!」
「剣に手を掛けて言うことではない!」
後ろから人が詰め寄り、前列が押し出される。
止めようとする声に交じって、「見せろ」という声が大きくなった。
「止まりなさい!」
アイリスの声が響いた。
「これ以上、武器で答えを迫ることは認めません。武器から手を離し、お下がりくださいまし。従わないのであれば、こちらも制止いたします」
足を止める者や、隣の者の袖を引く者もいた。
だが、剣の柄を握った騎士は、さらに一歩前へ出た。
それに続いて何人かが動く。
アイリスは隣を見た。
「ヴィンセント。あの方々を止めてくださいまし。ただし、人は殴らないでくださいましね」
「分かりました」
ヴィンセントが金色の鐘鎚を持ち直す。
そして兵の列から進み出ると、双方の間に残された、誰もいない地面へ目を向けた。




