第七十四話 東へ
エストリアから届く続報によれば、王国軍は各地で進路を塞ぎ、神殿にも説得を求めているという。
すでに帰った者もいれば、止められたことで余計に意地になった者もいた。
中央の指示を聞いても、「現地の事情を知らない」と従わないらしい。
「こちらへ到達する可能性は?」
「ございます」
ノリスは皇帝の問いに答え、地図を示した。
「一つの集団ではありませんので、エストリア側もすべてを止め切れるとは限らないとのことです」
「ならば、東部へ兵を――」
皇帝は言いかけて、アイリスの隣に立つヴィンセントを見た。
「……お主一人の方が早いのではないか?」
「止めることはできます」
「やはりか」
「お父様!」
アイリスがすぐに割って入った。
「前回も思いましたが、なぜお父様がヴィンセントの動向を決めますの!」
「まだ検討しただけだ!」
「わたくしの護衛騎士ですわ。まず、わたくしにお話しくださいまし!」
「今、話しておる!」
「わたくしにではありませんわ!」
エルナが口元を押さえた。
ノリスは静かに待っている。
皇帝は一度息を吐き、娘へ向き直った。
「では、アイリス。東部への対応に、ヴィンセントの力を借りたい」
「承知しましたわ!」
「……急に素直だな」
少し警戒しながら、皇帝はヴィンセントへ尋ねた。
「東部へ行ってくれるか?」
「アイリス殿下が行かれるのであれば」
「ほら見ろ!」
「何がですの!」
「結局、お前も行くのだろう!」
「もちろんですわ!」
「だと思ったわ!」
◇
アイリスがヴィンセントと一緒にいる限り、身の安全について心配する意味はほとんどない。
さらに、現地で話を聞き、皇国としての判断を示す者も必要だった。
皇帝はノリスと相談した末、東部での対応をアイリスに任せることにした。
「親衛隊と随行員を連れ、現地の責任者と協力すること。勝手にエストリアへ入るなよ」
「分かっておりますわ。遊びに行くのではありませんもの」
「前にも同じことを聞いた気がするな」
「今回は海へは行きませんわ!」
「そういう問題ではない!」
エルナが妹へ声を掛ける。
「話し合いで済むのであれば、それが一番ですよ」
「もちろんですわ。わたくしも、戦いたいわけではありませんもの」
「うむ。ただし、武装したまま皇国領へ入り、制止に従わぬのであれば」
皇帝はヴィンセントを見た。
「その時は止めろ」
「かしこまりました」
「ですから、なぜまたお父様が命令しますの!」
「今のは皇帝としての命令だ!」
「わたくしも同じことを命じますわ!」
「なら同じではないか!」
「順番の問題ですわ!」
ノリスは、出発の準備を書類へ書き加えた。
◇
翌朝、アイリス一行は皇都を出た。
整備された街道を東へ進み、通信施設のある都市で最新の知らせを受け取る。
エストリアから皇国の国境までは使者が運び、そこから先は線を伝って届く情報だった。
道中で渡された紙には、制止を逃れた者たちが再び集まり、皇国との国境へ近づいていると書かれていた。
「戻った方々もいるのに、まだ来ますのね」
アイリスは地図と報告を見比べた。
「国境付近の警備は強めております」
担当者が答える。
「ただ、武装していない信徒も多く混じっているそうです」
「でしたら、まずは止まっていただいて、お話を聞かなければなりませんわね」
ヴィンセントが隣から覗き込んだ。
「どうしますか?」
「予定通り、東部へ参ります。先に着いて、こちらでお待ちしますわ」
「分かりました」
馬車は再び街道へ出た。
次の都市では、一団がさらに西へ進んだという知らせが待っていた。




