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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第八章 アルセリア皇国でのんびり
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第七十一話 内緒の準備

 アイリスの十四歳の誕生日が。


 少しずつ。


 近づいていた。


 今年は。


 大規模な野球大会の準備も進んでいる。


 だが。


 その大会そのものは。


 まだ先。


 各地で参加募集が行われ。


 予選の準備が始まったばかりだった。


 そんな中。


 皇宮の一室では。


 アイリスの知らない話が。


 ひっそりと進められていた。


「今年は」


 エルナが言う。


「アイリスを、少し驚かせてみたいと思うのです」


「驚かせる?」


 ヴィンセントが首を傾げる。


「はい」


 エルナは小さく笑った。


「いつも、あの子が何かを思いついて」


「はい」


「私たちが驚かされる側でしょう?」


「確かに」


「ですから、今年くらいは」


「なるほど」


 ヴィンセントも頷いた。


「何か、アイリス殿下が喜びそうなものを用意しましょうか」


「ええ」


「何がよろしいでしょう」


「そうですね……」


 二人が考えている横で。


「お酒などは?」


 リゼットが言った。


「却下です」


「まだ何も説明しておりません!」


「アイリスは飲みません」


「…………」


「リゼット?」


「はい」


 リゼットは静かに黙った。


     ◇


「アイリスが喜びそうなもの……」


 ヴィンセントが板を見る。


 食べ物。


 衣装。


 装飾品。


 遊び。


 競技。


 さまざまなものが並ぶ。


「ケーキは?」


 エルナが聞く。


「もちろん用意します」


「それだけでは、いつも通りですね」


「そうですね」


 ヴィンセントが板を眺める。


「……音楽」


「音楽?」


「はい」


 エルナも覗き込む。


 そこには。


 さまざまな楽器。


 そして。


 大人数で演奏するための楽譜が表示されていた。


「これは……」


「吹奏楽、というようですね」


「管楽器と打楽器を中心に、音を合わせるのですね」


 エルナも覗き込む。


 皇宮の式典や宴でも。


 音楽家たちによる演奏は行われている。


 だが。


 そこに並ぶ楽器の組み合わせや。


 紹介されている曲は。


 普段のものとは、少し違っていた。


「……良いですね」


 エルナの表情が明るくなる。


「野球の応援にも使えそうです」


「確かに」


「式典にも」


「はい」


「外国からのお客様を迎える時にも」


「使えそうですね」


 そこまで言って。


 二人が。


 顔を見合わせる。


「……これ」


「はい」


「誕生日だけで終わりませんね」


「終わりませんね」


 いつものことだった。


     ◇


 こうして。


 秘密の準備が始まった。


 まず必要なのは。


 人。


 皇宮には。


 もともと音楽を扱う者たちがいる。


 祭礼。


 式典。


 宴。


 そうした場で。


 楽器を演奏する者たち。


 そこへ。


 新たな志願者も加えることになった。


 今回は。


 親衛隊でも。


 月組でもない。


 戦闘能力は。


 必須ではない。


 男でも。


 女でも。


 構わない。


 必要なのは。


 音を聞く力。


 楽器を扱う技術。


 仲間と合わせる力。


 そして。


 練習を続ける根気。


「思ったより、希望者が多いですね」


 エルナが書類を見る。


「月組を目指していた方もおります」


「そうなのですか?」


「はい」


「戦闘では難しくても」


 エルナは続ける。


「皇室や皇国に近い場所で、何か役に立ちたいと考える方は多いようです」


「なるほど」


「男性の希望者も多いですね」


「今回は問題ありませんからね」


「ええ」


 こうして。


 少しずつ。


 人が集まっていった。


 楽器は。


 皇宮で使われているものを中心に。


 音楽家たちと相談しながら揃えた。


 足りないものは。


 ヴィンセントが板から取り寄せる。


 見慣れない楽器については。


 まず、扱い方を確かめてもらうことになった。


 練習場所には。


 皇宮の中でも、普段アイリスが足を運ばない。


 居室や執務室から離れた別棟の一室を使った。


 ここなら。


 何を準備しているのか。


 音だけで気づかれる心配も少ない。


     ◇


 そして。


 最大の問題が。


 一つ。


「絶対に」


 エルナが言う。


「アイリスには、まだ知られないようにしてください」


「はい」


 ヴィンセントが頷く。


「もちろんです」


 リゼットも頷く。


「任せてください」


「…………」


 エルナがリゼットを見る。


「何です?」


「いえ」


「信用されておりませんか?」


「少しだけ」


「…………」


「リゼット」


「はい」


「アイリスの前で、絶対に話さないでくださいね」


「分かりました」


「練習場所にも、連れて行かないでください」


「はい」


「楽器も見せない」


「はい」


「楽譜も見せない」


「はい」


「お酒を飲んで、うっかり話さない」


「…………」


「リゼット」


「気をつけます」


「飲まないとは言わないのですね」


「…………」


     ◇


 数日後。


「エルナお姉様?」


「はい?」


「最近」


「何です?」


 アイリスが。


 じっと。


 エルナを見る。


「何か隠してませんこと?」


「…………」


 エルナの表情は変わらない。


「何のことでしょう?」


「ヴィンセントも」


「はい?」


「最近、どこかへ行っておりますわよね?」


「そうですか?」


「そうですわ!」


「気のせいでは?」


「…………」


 アイリスが。


 今度はリゼットを見る。


「リゼット」


「はい?」


「あなたは何か知っておりますの?」


「…………」


「リゼット?」


「…………」


 目を逸らした。


「知っておりますわね!?」


「いえ!」


「今、完全に目を逸らしましたわ!」


「気のせいです!」


「全員そればかりですわ!」


 エルナが。


 静かに口を開く。


「アイリス」


「何ですの?」


「もうすぐ誕生日でしょう?」


「はい」


「でしたら」


 少し微笑む。


「少しくらい、楽しみに待っていなさい」


「…………」


 アイリスが止まった。


「……何かあるのですの?」


「それは言えません」


「やっぱりありますのね!」


「…………」


 言ってしまった。


 エルナは。


 少しだけ。


 失敗したと思った。


「何ですの!?」


「当日まで秘密です」


「気になりますわ!」


「我慢してください」


「ヴィンセント!」


「はい?」


「教えてくださいまし!」


「エルナ殿下から、秘密にするよう言われておりますので」


「…………」


「申し訳ありません」


「リゼット!」


「私も言えません」


「…………」


「本当です」


「皆さんでわたくしに隠し事ですの!?」


「誕生日ですから」


「気になりますわ!!」


     ◇


 その頃。


 練習に使っている別棟では。


 楽器の音が。


 少しずつ。


 揃い始めていた。


 パァン。


 パパパーン。


 ドン。


 ドンドン。


 最初は。


 ばらばらだった音が。


 何度も練習するうちに。


 少しずつ。


 一つになっていく。


「もう一度!」


「はい!」


「ここは少し早く!」


「分かりました!」


 楽譜を見ながら。


 皆が。


 同じ曲を練習する。


 ヴィンセントが板から得た楽譜は。


 そのまま使うだけではない。


 皇国で扱える楽器に合わせ。


 演奏者たちが。


 少しずつ。


 調整していった。


「……良くなってきましたね」


 エルナが聞く。


「はい」


 指導役の音楽家が頷く。


「誕生日までには、十分間に合うかと」


「お願いします」


「お任せください」


 エルナは。


 練習する者たちを見る。


 男女。


 年齢も。


 経歴も。


 ばらばら。


 だが。


 同じ楽譜を見て。


 同じ音を作ろうとしている。


「この方々は」


 ヴィンセントが聞く。


「誕生日が終わったら、どうします?」


「……そうですね」


 エルナが少し考える。


「このまま解散するのは、もったいないですね」


「ですよね」


「でしたら」


 エルナは。


 小さく笑った。


「正式な組織にしましょうか」


「名前は?」


「…………」


「アルセリア音楽隊」


 リゼットが言った。


「分かりやすいですね」


「はい」


 エルナも頷いた。


「それで良いと思います」


 こうして。


 アイリスの知らないところで。


 また一つ。


 新しい組織が。


 生まれようとしていた。


     ◇


 そして。


 アイリスの十四歳の誕生日。


 当日。


「…………」


 アイリスは。


 皇宮の一室で。


 落ち着かない様子を見せていた。


「まだですの?」


「もう少しです」


 エルナが答える。


「何を待っておりますの?」


「もう少しです」


「エルナお姉様!」


「はい?」


「昨日から、それしか仰ってませんわ!」


「もう少しです」


「もう!」


 その時。


 扉が開いた。


「準備が整いました」


「まあ!」


 アイリスが立ち上がる。


「では!」


 エルナも立つ。


「行きましょう」


     ◇


 案内されたのは。


 皇宮の中庭。


 アイリスが。


 一歩。


 外へ出る。


「…………」


 そこには。


 大勢の人々が。


 並んでいた。


 見慣れない楽器を手に。


 整然と。


 並んでいる。


「……何ですの?」


 アイリスが。


 目を丸くする。


「アイリス」


 エルナが横に立つ。


「十四歳のお誕生日」


 微笑む。


「おめでとう」


 次の瞬間。


 指揮役の手が。


 上がった。


 そして。


 振り下ろされる。


 パァァァン――!


「!」


 ラッパの音。


 笛。


 太鼓。


 いくつもの音が。


 一斉に。


 中庭へ響いた。


「…………!」


 アイリスの目が。


 一気に輝く。


「まあ……!」


曲が続く。


 普段の式典や宴で耳にするものとは。


 また違う。


 力強く。


 華やかで。


 明るい響き。


 いくつもの楽器の音が重なり。


 中庭いっぱいに広がっていく。


「まあああああ!」


 アイリスが。


 満面の笑みを浮かべる。


「すごいですわ!」


「気に入りました?」


 エルナが聞く。


「もちろんですわ!」


 アイリスは。


 演奏する者たちを見る。


「皆さんで準備してくださったのですの!?」


「はい」


「ヴィンセントも!?」


「はい」


「リゼットも!?」


「もちろんです」


 リゼットが胸を張る。


「途中で何度か、バレそうになりましたが」


 エルナが言う。


「誰のせいですの?」


「…………」


 リゼットが黙る。


「やっぱりリゼットですのね!」


「申し訳ありません!」


 アイリスが笑う。


「でも!」


 もう一度。


 音楽隊を見る。


「とても嬉しいですわ!」


 演奏が終わる。


 アイリスは。


 大きく拍手を送った。


「皆さん!」


 音楽隊へ向かって。


「ありがとうございます!」


     ◇


 その後。


 アイリスは。


 当然のように。


 すぐ次のことを考え始めた。


「これ!」


「はい?」


「野球大会でも演奏できますわよね!?」


「できます」


「式典でも!」


「はい」


「外国のお客様がいらした時にも!」


「使えますね」


「まあ!」


 エルナが笑う。


「やはり、そうなりますよね」


「何がですの?」


「いえ」


 ヴィンセントが答える。


「誕生日のためだけで終わらないだろうな、と」


「こんなに素敵なのですもの!」


 アイリスが。


 嬉しそうに音楽隊を見る。


「もっと活躍していただきましょう!」


「では」


 エルナが言う。


「正式に」


 一度。


 音楽隊を見る。


「アルセリア音楽隊として、活動していただきましょう」


「まあ!」


「よろしいですか?」


「もちろんですわ!」


 即答だった。


 こうして。


 アイリス十四歳の誕生日に。


 アルセリア音楽隊が。


 正式に誕生した。


 いつも。


 新しいものを見つけ。


 周囲を驚かせるのは。


 アイリスだった。


 だが。


 この日だけは。


 アイリスが。


 驚かされる側だった。


「本当に」


 アイリスが笑う。


「素敵な誕生日ですわ!」


 そして。


 その隣では。


 リゼットが。


 こっそり。


 酒瓶を取り出していた。


「リゼット?」


「はい?」


「今日はほどほどにしてくださいまし」


「……承知しました」


 そう答えながら。


 酒瓶は。


 しっかりと。


 手に持ったままだった。

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