第七十話 新しい競技
大規模な野球大会の準備が進む中。
皇国では。
また一つ。
新しい競技が試されようとしていた。
「こちらですわ!」
アイリスが板を見せる。
「テニス?」
エルナが首を傾げる。
「はい!」
向かい合った者同士が。
網を挟み。
ラケットと呼ばれる道具を使って。
球を打ち合う。
「二人でもできますし」
アイリスが説明を読み進める。
「二人一組でもできますわ!」
「なるほど」
エルナも興味深そうに板を見る。
「反応の速さや、足運びの訓練にもなりそうですね」
「でしょう!」
アイリスが嬉しそうに頷く。
「やってみましょう!」
◇
数日後。
皇宮近くの訓練場の一角には。
新たに。
網を張った競技用のコートが作られていた。
「では!」
アイリスがラケットを構える。
「エルナお姉様!」
「はい」
「参りますわよ!」
「いつでもどうぞ」
アイリスが球を打つ。
パァン!
球が網を越える。
エルナが一歩動き。
打ち返す。
パァン!
「まあ!」
アイリスが追う。
再び打つ。
金色の髪が揺れ。
青い髪がなびく。
二人の皇女が。
軽やかに。
左右へ走る。
「……華やかですね」
見学していたヴィンセントが呟いた。
「そうでしょう?」
近くにいた親衛隊長が答える。
やがて。
アイリスとエルナは。
二人一組となり。
親衛隊の二人を相手に。
ダブルスを始めた。
「行きます!」
親衛隊員が打つ。
「アイリス!」
「任せてくださいまし!」
パァン!
「エルナお姉様、右です!」
「分かっています!」
パァン!
今度は。
親衛隊側も負けていない。
身体強化を施された。
皇女直属の精鋭たち。
球へ素早く追いつき。
正確に打ち返す。
「まあ!」
アイリスが目を輝かせる。
「皆さん、お上手ですわ!」
「殿下方も!」
コートの脇では。
新設された月組の者たちも。
試合を見ながら。
うずうずしていた。
「やってみます?」
親衛隊長が声を掛ける。
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
ほどなく。
親衛隊と月組の試合も始まった。
パァン!
パァン!
パァン!
どちらも。
簡単には打ち損じない。
「月組の皆さんも負けておりませんわね!」
アイリスが嬉しそうに言う。
「精鋭として選ばれた方々ですからね」
エルナも頷く。
皇女二人。
親衛隊。
月組。
それぞれが交代でコートに入り。
軽やかに走り。
球を追う。
訓練場は。
いつもとは少し違う。
華やかな空気に包まれていた。
「ヴィンセントもやってみます?」
エルナが声を掛ける。
「はい」
「…………」
エルナが止まる。
アイリスも止まる。
「どうしました?」
「ヴィンセント」
「はい?」
「軽くですわよ?」
「もちろんです」
「本当にですわよ?」
「はい」
ヴィンセントがラケットを持つ。
球が飛んでくる。
軽く。
振った。
パァァァン――!
「…………」
球が。
見えなくなった。
「…………」
「…………」
全員。
遠くを見る。
「ヴィンセント」
「はい?」
「見学していてくださいまし」
「……はい」
◇
テニスが。
皇女や親衛隊たちの間で広まり始めてから。
少しして。
アイリスは。
また別の競技を見つけた。
「こちらも面白そうですわ!」
「今度は何です?」
エルナが聞く。
「アメリカンフットボールというそうです!」
球を持って走る。
仲間が道を作る。
相手は。
身体を使って止める。
「……身体をぶつけてもよろしいのですか?」
リゼットが食いついた。
「そこですの?」
「はい」
「…………」
アイリスは少しだけ嫌な予感がした。
だが。
競技として見れば。
確かに。
騎士たちの訓練には向いている。
走力。
判断力。
連携。
陣形。
相手の動きを読む力。
「訓練に使えそうですわね!」
「そうですね」
エルナも頷く。
「試してみましょうか」
「はい!」
◇
そして。
騎士団の訓練場。
「では」
ヴィンセントが球を持つ。
「行きますね」
「待ってくださいまし!」
アイリスが確認する。
「身体強化は?」
「してません」
「絶対ですわね?」
「はい」
「では!」
開始。
ヴィンセントが走る。
「止めろ!」
一人。
真正面から飛びつく。
「ぐっ!」
ヴィンセントの腰へ腕を回した。
だが。
止まらない。
「え?」
そのまま。
騎士をぶら下げて走る。
「二人で行け!」
「はい!」
さらに二人。
左右から飛びつく。
「うおっ!」
「止めろ!」
止まらない。
「…………」
アイリスが瞬きをする。
「まだ進んでおりますわね」
「進んでいますね」
エルナも見ている。
さらに。
一人。
二人。
三人。
ヴィンセントへ。
次々と騎士たちがしがみつく。
「…………」
「…………」
ヴィンセントの身体には。
何人もの騎士がぶら下がっていた。
それでも。
普通に。
前へ進んでいる。
「ヴィンセント!」
アイリスが声を上げる。
「はい?」
「本当に身体強化してませんの!?」
「してませんよ」
「何人ぶら下がっておりますの!?」
ヴィンセントが少しだけ後ろを見る。
「……分かりません」
「数えてくださいまし!」
「動いているので難しいですね」
「そういう問題ではありませんわ!」
その時。
「あ」
エルナが声を漏らした。
「どうしましたの?」
「リゼットが」
見る。
ヴィンセントの前方。
そこに。
リゼットが立っていた。
「私が止めます!」
「リゼット?」
アイリスが目を丸くする。
「大丈夫ですの?」
「はい!」
リゼットが構える。
嬉しそうだった。
「ヴィンセント殿!」
「はい?」
「参ります!」
「どうぞ」
ヴィンセントが走る。
リゼットも。
真正面から向かう。
そして。
ドンッ!
「ぐっ!」
リゼットが。
ヴィンセントの胴へ。
両腕を回した。
「…………」
「…………」
そして。
止まった。
「…………」
アイリスが瞬きをする。
エルナも。
じっと見る。
「止まりました!」
リゼットが嬉しそうに声を上げる。
「止めました!」
「……すごいですわね」
アイリスが言う。
「ええ」
エルナも頷く。
「ですが……」
「はい?」
二人は。
ヴィンセントを見る。
「ヴィンセント?」
「はい?」
「あなた」
「はい」
「リゼットくらいでしたら」
アイリスが首を傾げる。
「普通に吹き飛ばせますわよね?」
「まあ……」
ヴィンセントがリゼットを見る。
「はい」
「ですよね?」
「はい」
「…………」
エルナが続ける。
「先ほどまで」
「はい」
「何人もの騎士がぶら下がっていても、止まりませんでしたよね?」
「そうですね」
「なのに……」
二人の視線が。
ヴィンセントへ集まる。
「リゼットが来た時だけ」
エルナが。
ゆっくりと言った。
「少し」
「…………」
「遅くなりませんでした?」
「…………」
ヴィンセントが黙る。
アイリスも気づいた。
「そうですわ!」
「…………」
「確かに少し、ゆっくりになっておりましたわ!」
「気のせいでは?」
「では、もう一度やってみましょう!」
「…………」
しがみついていた騎士たちが離れ、二人から距離を取った。
リゼットも腕をほどき。
ぱっと顔を明るくする。
「もう一度よろしいのですか!?」
「もちろんです」
ヴィンセントが即答した。
「…………」
「…………」
アイリスとエルナが。
ヴィンセントを見る。
「何ですか?」
「ヴィンセント」
「はい?」
アイリスが。
じっと目を細める。
「わざと……ですの?」
「…………」
ヴィンセントは。
答えなかった。
リゼットだけが。
何も気づかず。
嬉しそうに。
もう一度。
構えていた。
「参ります!」
「どうぞ」
「…………」
「…………」
アイリスとエルナは。
顔を見合わせた。
皇后の懐妊が発表された頃。
二人は。
ヴィンセントを見て。
かなり優良なのではないか。
そう思い始めていた。
その評価は。
間違ってはいない。
たぶん。
ただ。
綺麗な女性には。
どうにも。
甘い。
かなり。
分かりやすく。
甘かった。




