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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第八章 アルセリア皇国でのんびり
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第六十六話 戦争のあと

 西方での戦いが終わってから、しばらく。


 アルセリア皇国――皇宮。


「陛下。南方より報告が届いております」


 執務室を訪れたノリスが、一通の報告書を皇帝へ差し出した。


「サウレアか」


「はい」


 皇帝は報告書を受け取り、目を通していく。


「……ふむ」


 南国サウレア王国。


 その南部へ侵入していた蛮族勢力。


 サウレアから正式な援軍要請を受け、アルセリア皇国も正規軍を派遣していた。


「サウレア軍と我が軍の連合軍が、敵勢力を国境外まで押し返したとのことです」


「そうか」


 皇帝が小さく息を吐いた。


「では、南も片付いたか」


「はい。残存勢力への警戒は続けるようですが、大規模な戦闘はひとまず終結したと見てよろしいかと」


「うむ」


 皇帝は満足そうに頷く。


「援軍として向かった者たちも、よくやってくれた」


「街道が整備されていたことも大きかったようです」


「ほう?」


「兵の移動だけでなく、食料や武器などの補給も以前より円滑に行えたとの報告がございます」


「……なるほどな」


 皇帝は机の上に広げられた地図を見る。


 皇都から南へ。


 以前より整備された街道が伸びている。


 平時には商人や旅人が使う道。


 だが戦となれば。


 兵も。


 食料も。


 武器も。


 同じ道を通る。


「アイリスが勝手に始めた道路が、こういうところでも役に立つとはな」


「勝手に、ではありませんわ!」


「…………」


 皇帝が顔を上げる。


 いつの間にか、アイリスが執務室へ入ってきていた。


「最初は勝手であっただろう」


「必要だったのですわ!」


「結果的にはな」


「でしたら問題ありませんわ!」


「…………」


 皇帝は反論するのをやめた。


 実際。


 役に立ってしまった。


「それより!」


 アイリスが嬉しそうにノリスを見る。


「南も終わったのですわね?」


「はい。ひとまず大きな戦闘は終わったと見てよろしいでしょう」


「まあ! 良かったですわ!」


 アイリスが笑顔になる。


「サウレアの皆さんも、これで安心できますわね!」


「そうだな」


 皇帝も頷いた。


 南方。


 そして西方。


 ほぼ同じ時期に皇国を取り巻いていた二つの戦いは。


 こうして、ひとまず終わりを迎えた。


     ◇


 戦いが終われば。


 次に始まるのは、戦後の話である。


 アルセリア皇国とウェストリア王国。


 両国の間では、停戦交渉で決められた内容を具体化するための協議が進められていた。


 国境を越える街道を、どこへ繋ぐのか。


 商人の往来を、どのように増やしていくのか。


 どのような商品を互いに取り扱うのか。


 ウェストリアの港を、どのように利用するのか。


 道路整備などの技術を、どのような条件で提供するのか。


 細かな取り決めは多い。


 だが。


 少し前まで戦争をしていたとは思えないほど、話し合いは順調に進んでいた。


 後日。


 皇宮の会議室には、皇帝とアイリス、ノリス、それに担当官たちが集まっていた。


「こちらが、西方街道の整備予定です」


 担当官が地図を広げる。


「現在整備されている皇国内の街道を、国境まで延長いたします」


「その先は?」


 皇帝が国境の向こうを指す。


「ウェストリア側でも整備を進めるとのことです」


「でしたら!」


 アイリスが地図へ身を乗り出す。


「そのまま港まで繋いでしまいましょう!」


「一度には無理です」


「では、少しずつですわ!」


「それでしたら」


「はい!」


 話は進む。


 皇国から西へ。


 ウェストリアから皇国へ。


 商品が行き交う。


 人が行き交う。


 そして。


 その先にある海と港を通じて、さらに別の土地へ。


「南国との交易も順調です」


「まあ!」


「サウレア側でも街道整備が進んでおりますので、将来的には南方から運ばれてきた商品を、そのまま西へ送ることも可能になるかと」


「いいですわね!」


 アイリスの目が輝く。


「南から西へ!」


 地図の上で指を滑らせる。


「西から南へ!」


 もう一度。


「もちろん皇国にも!」


「はい」


「皆さんでたくさん売り買いできますわ!」


「……そうだな」


 皇帝も地図を見る。


 戦争前。


 ウェストリアは、皇国を中心とした経済圏が広がることを恐れていた。


 だが。


 戦争が終わった今。


 そのウェストリア自身が。


 そこへ加わろうとしている。


「……なんとも不思議なものだ」


「何がですの?」


「いや」


 皇帝は首を振った。


「なんでもない」


 その時だった。


「…………」


 アイリスが地図を見たまま、黙り込んだ。


「アイリス?」


「はい?」


「どうした?」


「いえ……」


 アイリスの指が。


 皇都から西方都市へ。


 そこから国境へ。


 さらにウェストリアへと進んでいく。


「道路が繋がりますでしょう?」


「ああ」


「商人の方々も、たくさん行き来するようになりますでしょう?」


「そうなるな」


「商品も増えますわよね?」


「そのための話し合いだ」


「…………」


 アイリスが少し考える。


 そして。


「でしたら」


「なんだ?」


「以前お願いした、有線通信も役に立ちますわね!」


「ああ、あれか」


「電気の研究と合わせて、進めていただいているものですわ!」


 離れた場所同士を線で結び、情報を送る仕組み。


 西方視察から戻ったあと、アイリスが導入を提案していたものだ。


 その時は。


 敵に攻められた際、少しでも早く知らせが届くように。


 という話だった。


「お取引が増えるのでしたら、商人の方々も連絡が早い方が便利でしょう?」


「そうだな」


「商品が届いたとか、足りなくなったとか。道が通れなくなった時も、すぐに知らせられますもの!」


「……確かにな」


 皇帝も頷いた。


 戦時の知らせだけではない。


 商人同士の連絡。


 地方都市から皇都への報告。


 災害。


 事件。


 使い道はいくらでもある。


「道路を整備するのでしたら、合わせて線を通す準備も進められませんこと?」


「……今度はそちらか」


 皇帝がアイリスを見る。


 この顔。


 何かを思いついた時の顔である。


「別々に進めるより、先に相談しておいた方がよろしいでしょう?」


「それはそうだが……」


 皇帝はノリスへ顔を向けた。


「技術部の進捗は?」


「詳しい状況を確認し、報告させましょう」


「うむ」


「でしたら!」


 アイリスが身を乗り出す。


「遠くまで繋ぐには何が必要なのかも、聞いてくださいまし!」


「必要なもの?」


「線も要りますでしょうし、通信する場所も必要ですわ。それに、電気も!」


「……そうだな」


 担当官が地図へ目を落とした。


「街道沿いであれば、資材の運搬や点検には便利でしょう。ただ、実際にどこへ線を通すかは、調査が必要です」


「では、調べましょう!」


「殿下。長い距離でも使えるか、技術部に確認してからでなければ」


「ですから、一緒に相談するのですわ!」


「……それは、そうですが」


 皇帝が小さく息を吐いた。


「まずは研究と試験の結果を聞く。それから、都市間へ伸ばせるかを検討する」


「はい!」


「いきなり全国へ伸ばす気ではあるまいな?」


「…………」


「アイリス」


「まずは近くからですわ!」


「今、間があったな?」


「気のせいですわ!」


「…………」


 皇帝はノリスへ向き直る。


「技術部と街道整備の担当者で、一度話をさせろ。電気の供給も含め、何が必要になるか整理するのだ」


「承知いたしました」


「まあ!」


 アイリスが嬉しそうに笑う。


「では、合わせて進められますわね!」


「調査をな」


「はい!」


「勝手に線を引くなよ?」


「もちろんです!」


「…………」


 信用できない。


「それと!」


「まだあるのか?」


「上手くいきましたら、西方にも伸ばしましょう!」


「……まあ、それは分かる」


「南方にも!」


「ああ」


「北にも!」


「待て」


「東にも!」


「待てと言っておる!」


 アイリスは地図を見ていた。


 皇都から。


 西へ。


 南へ。


 北へ。


 そして東へ。


 道路だけではない。


 その道に沿って。


 情報を運ぶための線まで。


 皇国中へ伸ばそうとしている。


「便利になりますわね!」


 アイリスは楽しそうだった。


 皇帝は。


 そんな娘を見ながら。


 静かに額を押さえた。


「……戦争が終わったと思ったら」


「はい?」


「今度は国中を線で繋ぐつもりか」


「はい!」


「…………」


「そのうち、ウェストリアやサウレアとも繋げられますわね!」


「もう国外まで考えておるのか!?」


「便利ですもの!」


 即答だった。


 西方の戦争が終わり。


 南方の戦いも終わった。


 ようやく。


 皇国には、穏やかな時間が戻ろうとしていた。


 だが。


 何も起こらなくなったわけではない。


 戦争が終われば。


 今度は。


 新しいものが増えていく。


 アルセリア皇国は。


 今日もまた。


 少しずつ。


 以前とは違う国へと変わり始めていた。

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