第五十七話 しゅうせん
どれほど経ったのか。
数分だったのか。
それとも、もっと長かったのか。
戦場にいる者たちには分からなかった。
やがて。
魔術師が叫んだ。
「解除できました!」
「本当か!?」
「術式が消えます!」
地面に残っていた魔法陣の光が薄れていく。
同時に。
金色の閃光が。
止まった。
「…………」
鐘の音も消える。
静寂。
あれほど鳴り響いていた音が、嘘のように消えた。
「…………」
ウェストリア兵たちが。
恐る恐る周囲を見る。
そこには。
もはや軍隊と呼べるのかも分からない光景が広がっていた。
崩れた陣形。
転がる盾。
折れた槍。
ひっくり返った荷馬車。
壊れた攻城兵器。
倒れ込む兵士たち。
逃げ回る馬。
前線に集結していた一万五千の軍勢。
その半ばが。
たった一人によって、戦闘を続けられる状態ではなくなっていた。
「…………」
そして。
その中心。
ヴィンセントが立っていた。
「…………」
金色の鐘鎚を持ったまま。
ぼんやりと周囲を見る。
「……あれ?」
ヴィンセントが首を傾げた。
「…………」
将軍の顔が引きつる。
「……あれ?」
もう一度。
ヴィンセントが呟く。
足元を見る。
周囲を見る。
遠くを見る。
「…………」
少し困った顔になる。
「わたし……」
ヴィンセントは鐘鎚を見た。
「何をしていたんでしたっけ?」
「…………」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
ウェストリア軍の将軍は。
ただ。
震える手で、魔術師の肩を掴んだ。
「…………」
「しょ、将軍?」
「二度と」
「はい?」
「二度とあの男の精神に魔法を使うな」
「…………」
「絶対にだ」
「……はい」
その命令に。
魔術師は何度も頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
金色の閃光が止まった。
「…………」
ヴィンセントは、ぼんやりと周囲を見回した。
精神へ掛けられていた術は、すでに消えている。
「……あれ?」
見覚えのない天幕。
倒れた机。
散乱した地図。
そして。
目の前には、何人ものウェストリア兵がいる。
「…………」
「…………」
誰も動かない。
ヴィンセントが首を傾げる。
「ここ……」
周囲を見回して。
「本陣ですか?」
「…………」
誰も答えない。
「あ」
ヴィンセントが、一人の男を見る。
他の兵士とは明らかに装備が違う。
「あなた、指揮官ですか?」
「…………」
将軍の身体が僅かに震えた。
「そう……だ」
「そうですか」
ヴィンセントは頷く。
そして。
改めて周囲を見た。
「…………」
酷い有様だった。
天幕は崩れ。
旗は折れ。
荷馬車は横倒しになり。
あちこちで兵士たちが倒れている。
遠くからは負傷者を運ぶ声が聞こえていた。
「……何があったんですか?」
「お前がやったのだ!」
将軍が思わず叫んだ。
「わたしが?」
「そうだ!」
「…………」
ヴィンセントは鐘鎚を見る。
「そうなんですか?」
「…………」
将軍は答える気力を失った。
ヴィンセントはしばらく考えていたが。
「まあ、それはあとで考えるとして」
「あとで……?」
「どうします?」
「……何がだ」
「まだ続けますか?」
「…………」
将軍の顔が固まる。
ヴィンセントは本当に確認しているだけだった。
「わたしとしては、皆さんが帰ってくださるなら、それでいいですけど」
「…………」
「続けるのでしたら――」
ヴィンセントが鐘鎚を持ち直した。
ごぉぉぉん――。
「帰る!」
将軍が即答した。
「そうですか!」
ヴィンセントの表情が明るくなる。
「それでしたら良かったです」
「…………」
「負傷されている方も多いようですし、早めに治療した方がいいと思います」
「…………」
「では、お気をつけて」
ヴィンセントが頭を下げる。
「…………」
将軍は何も言えなかった。




