第四十五話 西国ウェストリア王国②
ウェストリア王国――王宮、執務室。
密偵からの報告を聞き終え、室内には重い沈黙が落ちていた。
皇国で進む道路整備。
それによって活発になりつつある都市間の物流。
新たに生まれた料理や化粧品、酒といった商品。
そして南国サウレア王国との急速な関係強化。
「……改めて整理すると、少々厄介だな」
参謀が机の上の資料へ目を落とす。
「皇国だけが発展しているのなら、まだいい」
別の資料へ手を伸ばす。
「だが、南国まで皇国との交易によって豊かになり始めている」
「はい」
「道路が整えば、人だけではなく物資の移動も速くなる」
「その通りです」
「平時には商人が使う。だが――」
参謀が指先で資料を叩いた。
「戦時には兵と物資を運ぶ道にもなる」
誰も答えない。
「料理、化粧品、酒……一つ一つは軍事力とは関係ないように見える」
参謀は小さく息を吐く。
「だが、それらが売れれば金になる」
「…………」
「金があれば、さらに国を豊かにできる」
「はい」
「そして豊かになった皇国が、さらに南国を豊かにする」
参謀が椅子へ深く腰掛ける。
「……このまま何年も続けば、どうなる?」
重臣の一人が答える。
「我が国との差は……さらに広がるかと」
「そういうことだ」
今すぐ何かが起こるわけではない。
皇国がウェストリアへ攻め込むという情報もない。
むしろ、皇国は南国との友好を深め、国内の整備に力を入れている。
だが――だからこそ。
「皇国がこれ以上強大になることは、我が国にとって看過できん」
参謀の言葉に、室内の空気が重くなる。
「引き続き情報を集めろ。特に軍事面だ」
「はっ」
「それと――」
参謀が何かを思い出した。
「例の護衛騎士二人について、あれから何か報告は?」
「ございます」
「ほう」
参謀が身を乗り出す。
以前の調査では、結局あの男の戦闘能力について、まともな情報はほとんど得られなかった。
代わりに得られたのは、皇女たちの世話を甲斐甲斐しく焼いているだとか、女性から頼まれれば嬉々として雑用をするだとか、男から頼まれれば拒否することがあるだとか。
意味の分からない情報ばかりだった。
「今度こそ、まともな報告だろうな?」
「……はい」
一瞬。
密偵の返事が遅れた。
「…………」
「…………」
「申せ」
「はっ」
密偵が報告書へ視線を落とす。
「例の男と女騎士が、訓練を行っていたとのことです」
「ほう」
ようやく戦闘に関する情報が出た。
「男が、例の鐘のような武器を使用していたそうです」
「あの妙な武器か」
「はい」
「それで?」
「女騎士へ攻撃しました」
「結果は?」
「……ゆっくりと浮き上がりました」
「…………」
参謀が密偵を見る。
「何が?」
「女騎士が」
「…………」
「ゆっくりと?」
「はい」
「…………」
参謀は少し考えた。
「吹き飛んだのではなく?」
「浮き上がったそうです」
「…………」
「その際、周囲に金色の光が現れたとの報告も」
「金色の光?」
「はい」
「さらに、羽のようなものが周囲に舞い散った、と」
「…………」
参謀の眉間に皺が寄っていく。
「そして――」
「まだあるのか?」
「ほぼ同時刻、近隣にある太陽教の教会で鐘が鳴ったとのことです」
「…………」
「誰も鐘を鳴らしていないにもかかわらず」
「…………」
「…………」
「…………」
長い沈黙。
参謀はゆっくりと机の端へ視線を向けた。
そこには、最近皇国から流れてくるようになった酒の瓶が置かれている。
「……皇国の酒でも飲みすぎたのか?」
「飲んでおりません」
「何を言っておるのだ、お前は……」
「報告された内容を、そのままお伝えしております」
「女騎士を武器で殴ったら、金色に光りながらゆっくり浮き上がって、羽が舞い散って、教会の鐘が勝手に鳴ったと?」
「はい」
「…………」
「…………」
「もうよい」
「はっ」
参謀は額を押さえた。
皇国について調べれば調べるほど、意味の分からない情報が増えていく。
道路。
交易。
南国との関係。
酒。
化粧品。
球を棒で打つ軍事訓練。
そして――光りながら浮き上がる女騎士。
「……本当に何なのだ、あの国は」
誰も答えることはできなかった。




