第8章 目覚めと、揺れ動く世界
◆薄明の揺らぎ
――誰かの泣き声が聞こえる。
遠く、深く、水の底みたいにぼやけて。
(……誰だ?)
まぶたが重い。身体は鉛のようで指一本すら動かない。 それでも、耳だけがどこかで震えていた。
「……いかないで……レイ……」
(アリア……?)
必死に意識を引き上げる。 暗闇の底から浮かび上がるように、世界が色を取り戻していった。
◆アリアの涙
「っ……!」
目を開けると、すぐそばにアリアがいた。 俺の手を握りしめたまま、肩を震わせている。
その瞳から、ぽたぽたと涙が落ちていた。
「お、おい……泣くなよ、アリア」
「レイ……っ……!」
俺が目を開けた瞬間、アリアは堰を切ったように胸に飛び込んできた。 光の羽根は消えていて、いつもどおりの姿。だけど、身体は小さく震えている。
「よかった……本当に……! 生命力が急激に消耗して……このまま……」
「死んでた?」
アリアは小さく頷いた。
「同調モードは……導者と選定者を“ひとつの門”にします。 代償が大きいのに……あなたは迷いなく……」
「お前を助けるためだったんだから、別に当たり前だろ」
アリアは胸に額を押し当て、声を震わせる。
「でも……あなたがいなくなるのは……嫌です……。 導者だからじゃない……私は、“あなた”だから……」
(……そう言われたら、もう何も言い返せねぇよ)
俺はそっとアリアの背に手を置いた。
「大丈夫だ。死なないよ。簡単にはな」
アリアは涙で濡れた目を上げ、微笑んだ。
「……はい」
◆街の変化
しばらくして身体を起こすと、 部屋の外からざわめきが聞こえてきた。
「アリア、外はどうなってる?」
「はい。リュミエールは……“変わりました”」
「変わった?」
アリアに手を引かれて外に出る。
街の中心――あの塔周辺には、 光の粒が漂っていた。
以前よりも澄んで、静かで、まるで街全体が息を吹き返したようだ。
さらに――
「おい! あれ、選定者だ!」
「塔を鎮めてくれた……!」
「導者の方も無事で……本当に、ありがとう……!」
街の人々が、次々と俺たちを囲んだ。
アリアが戸惑いながら俺の背にそっと隠れる。
「れ、レイ……視線が……」
「お前、一応導者なんだから堂々としてろよ……」
「む、無理です……こんなに見られたの初めてで……!」
(意外とメンタル弱いな……かわいいけど)
人々は俺たちに頭を下げたり、光の花を差し出したり、 感謝を伝えては涙ぐんだ。
だが―― その人々の中に“違和感”があった。
◆気づいた異変
俺は人々の顔を見回して気づいた。
(……なんだ?)
数人の瞳が、わずかに“揺らいでいる”。
まるで――虚界の影を薄く内包しているような。
アリアが俺の視線に気づき、顔をこわばらせた。
「レイ……あなたも気づきましたか?」
「街の人間、何人か……変だ」
アリアは小さく頷く。
「虚界に近づいた街は、完全には元に戻れません。 あの揺らぎは……『虚界の残響』。 放置すれば、虚界の波に“呑まれる”危険があります」
「じゃあ、治す方法は?」
アリアは胸元の紋章を押さえ、言った。
「……選定者と導者が、次の“都市”へ向かい、 世界の門を安定させるしかありません」
「つまり――俺たちが旅を続けるってことか」
「はい。 あなたが選定者で私が導者である限り……宿命です」
アリアは一度だけ俺を見つめ、 それから街の向こう――東に延びる街道へと視線を向けた。
「次の都市は……“刻の都クロノシティ”。 そこには、第二の門が存在します」
「またヤバそうな場所だな……」
「ヤバいです」
「言い切るなよ……!」
アリアはくすりと笑った。
「でも……レイがいるなら、私は大丈夫です」
◆旅立ち
街の人々に見送られながら、 俺たちは東へ向かって歩き始めた。
背後の光の街が徐々に小さくなる。
アリアが隣で静かに囁いた。
「レイ。あなたが同調を選んでくれた時…… 本当に、嬉しかったんですよ」
「お前は……怖くなかったのか?」
「ええ。でも、あなたが手を握ってくれたから」
風が吹き抜ける。
アリアの髪が揺れ、笑顔がこぼれた。
その時――
視界に、光の文字が浮かんだ。
────────────── 【未来選択:旅路の始まり】 ① アリアの手を握る ② 自分の決意を口にする ③ これ以上の近さを避け、一歩距離を置く ──────────────
(おいおい……また選択かよ)
まるで世界が、俺たちに“未来を決めろ”と迫ってくるように。
――これは旅の始まり。 世界の門を巡る、本当の物語が動き出した。




