第3章 光の街リュミエール
綻びを修復してから数時間。
霧の消えた草原を抜け、俺とアリアは次の街へ向かっていた。
「リュミエールまでは、あと二刻ほどですね」
アリアは歩きながら杖の先で地面を軽く叩いた。
澄んだ音が響き、聞き慣れない鳥の声が応える。
草原の風はどこまでも涼しい。
だが、俺の腕の紋章は、戦闘以来ずっと微かな熱を帯びている。
(……さっきの声。あれはなんなんだ?)
あの戦いで聞こえた“導きの声”。
母の声に似ていた気もするし、違う気もする。
アリアは前を見たまま、ふいに言った。
「まだ痛みますか?」
「え? あ、腕か。いや……痛みはないけど、熱はまだ残ってる」
「それは、スキルの“代償”です」
「だ、代償?」
聞き捨てならない言葉だ。
アリアはちらりと俺を見て、言いにくそうに続けた。
「スキル《羅針盤の導き》は、選定者に“道を選ばせる”特別な力。
ですが……世界を導く力は、あなたの精神力や生命力を消費します」
「せ、精神とか生命とか……もっと早く言ってくれ!!」
「今言いました」
「おいィィィ!」
「心配しないでください。普通に生きている分には死にません」
「“普通に”って言ったよね今!? 戦ったら普通じゃないよね!?」
アリアはくすっと笑った。
「レイ、まさか私があなたを死なせると思います?」
「……思わないけどさ」
「なら大丈夫です」
(軽すぎるんだよなぁ、この子……)
文句を言いかけたそのとき、視界が急に開けた。
---
◆光に満ちた街
「わぁ……」
思わず声がこぼれた。
丘の向こうに広がっていたのは、大きな街だった。
屋根は白く塗られ、家々の窓には魔光石が飾られている。
昼間だというのに、光が柔らかく街を照らしていた。
「ここが……リュミエール?」
「はい。“光の街”と呼ばれている場所です。
魔法使いが多く、治癒院もありますから……レイの身体の検査も受けられます」
「け、検査って……俺、そんなに危ないの?」
「少しだけ」
「少し!? 今“少しだけ”って——」
「大丈夫です。生きて帰れますから」
「死ぬ前提なの?!」
そんなやり取りをしていると、街の入り口へたどり着いた。
白い石畳。
門番らしき男たちは鎧を着ているが、どこか呑気な雰囲気で、冒険者や商人が次々と出入りしている。
「アリアさん、お帰りなさい!」
「今日は一段とお綺麗で……」
「そ、そういうのはいいので通してください!」
アリアは耳まで赤くなって門番たちを素通りした。
(……なんだ? アリアって結構有名?)
気になりつつ後を追うと、街の中心へ向かう大通りに出た。
ちょうどそのとき——。
「きゃあっ! 誰か、助けて!!」
甲高い叫び声が響き渡った。
通りの向こうで、荷馬車が横転し、荷物が散乱している。
そして、倒れた馬の隙間から、灰色の小さな犬のような魔物がウロウロしていた。
「……やばい。あれ、魔物だよな?」
「『灰喰い』ですね。弱いですが、群れで行動します」
「群れ……?」
嫌な予感がして視線を上げる。
屋根の上から、同じ灰色の影が次々と飛び降りてきた。
「わっ、多すぎ——!」
「レイ!」
アリアが杖を構え、俺の背中に触れる。
「《守護の光──ルミナスシェル》!」
柔らかな光が弾け、俺の体に薄い膜が浮かび上がった。
「今回の敵は弱いです。レイ、やりますか?」
「え、えぇ!? もう戦闘!?」
「大丈夫です。さっきの異質体に比べれば、ただの雑魚です」
「“雑魚です”って言うけど……!」
だが周囲の視線を感じると、引き下がりづらい。
救助を求める女性。
震える子ども。
荷馬車を押さえ込んでいる老人。
俺の胸の奥で、紋章が微かに光る。
(……まただ。選ばされるのか?)
視界の端に、光の文字がふわりと浮かんだ。
────────────── ① アリアと連携して戦う
② 自分一人で灰喰いを殲滅する
③ 街の人たちを守ることを優先する
──────────────
「……出たよ選択肢!」
「レイ、どうしたんですか!?」
「選ばされてるッ! また!」
灰喰いたちが一斉にこちらへ走ってくる。
時間がない。
でも、俺は一度選んだことが未来を変えるのを知っている。
(だったら……俺がやるべきことは——)
俺は息を吸い、拳を握った。
「……③だ! 街の人たちを守る!」
《選択を確認──守護領域の展開を補助します》
「守護……?」
次の瞬間、紋章が強烈な光を放ち、地面に円形の魔法陣が展開された。
「わっ!? なにこれ!?」
「レイ、あなたが展開したんですよ!」
「俺が!?」
灰喰いたちが魔法陣に触れた瞬間、光が弾けて吹き飛んだ。
街中に響く、魔物の悲鳴。
老人たちが驚きながらも後退し、アリアがすかさず光刃の魔法でトドメを刺した。
十数秒で戦闘は終わった。
周囲が静まり返る。
そして——。
「すごい……!」
「助かったよ、兄ちゃん!」
「やっぱりアリア様と一緒の人は只者じゃない!」
人々の歓声が押し寄せた。
「え、いやその、俺は……!」
「レイ。見事でした」
アリアが微笑む。
その表情は、いつもより少し柔らかかった。
「あなたの選択……私は誇りに思います」
その言葉に、胸がじんわり熱くなる。
(……悪くないな、こういうのも)
---
◆アリアの影
その後、街の治癒院へ向かう途中。
アリアの表情がふと曇った。
「……どうした?」
「いえ。ただ……レイ、あなたのスキルが本当に“門の選定者”だとすれば」
「すれば?」
「おそらく……世界は、もうすぐ大きく動きます」
彼女の声はかすかに震えていた。
「そして……私も、隠していたことを話さなければなりません」
アリアの瞳が揺れる。
その奥に、深い悲しみが見えた。
「レイ。次の綻びは……街の“中心”にあります」
「街の……?」
「ええ。
――そしてそこには、私の“秘密”が眠っています」
街の鐘の音が高く鳴り響いた。
新たな綻び。
隠された秘密。
導かれる選択。
俺の異世界の旅は、また大きく動き出そうとしていた。




