第4章 光の街の影
◆治癒院へ
光の街リュミエールの中心部へ近づくにつれ、建物は白亜の壁に金の装飾が増え、どこか神殿めいた空気をまとっていた。
「ここが……治癒院?」
「はい。“ヒーラリウム”。この街の心臓部です」
アリアは淡い息を吐く。 その声音はどこか固く、先ほどまでの柔らかさが消えていた。
入口は大きなアーチになっており、魔光石で組まれた紋章が静かに輝いている。 門の左右では、白衣姿の治癒師たちが怪我人を迎え入れていた。
「レイ様ですね。アリア様より伺っています。こちらへどうぞ」
「あ、はい……」
(なんか、アリアより扱い良くない?)
治癒師に案内され、白く清潔な部屋へ通された。
壁には光の紋章が刻まれ、淡い温度の魔力が室内を満たしている。
「失礼ですが、腕の紋章を見せていただけますか?」
「これ……熱くなってるやつ?」
「ええ」
俺が服の袖をめくると、治癒師は息を呑んだ。
「これは……まさか、本当に“選定者の紋”……!」
「やっぱり特別なのか?」
「特別どころではありません。これは……世界の位相そのものに干渉する高度な――」
「専門用語はほどほどに」
背後からアリアが部屋へ入ってきた。 治癒師は慌てて黙る。
「レイ。検査はすぐ終わります。時間は……少しかかりますが」
「どれくらい?」
「半刻ほど」
(けっこう長いな……)
治癒師は俺の腕に魔力を通していく。
暖かい波が皮膚の下を流れ、紋章がゆっくり脈動し始めた。
「痛みはありませんか?」
「ないけど……なんか変な感じだな……」
「変、とは?」
「いや……部屋の空気が色で見える感じ。青とか白とか……」
「……!」
治癒師の目が大きく見開かれた。
「“視界の変色”。副作用の初期症状です」
「副作用……!?」
アリアの顔が一瞬だけ険しくなった。
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◆スキル《羅針盤の導き》の“副作用”
「レイ。落ち着いて聞いてください」
「もっと優しく言って……」
「では落ち着きなさい」
「結局同じだろ!」
アリアは小さく息をつくと、俺の隣に座った。
「レイのスキルは、本来ひとりの人間が扱うには強すぎる力です。 だから……世界の情報を“見える形”で脳に押しつけてきます」
「押しつけって……」
「あなたの選択によって世界が変わる。その分、世界もあなたを“観測しようとする”」
「なにそれ怖い!」
「観測される側は、色彩の乱れ、未来の断片、音の歪み……さまざまな副作用が現れます」
治癒師が小さく頷いた。
「最初は軽度です。しかし、使用を重ねるほど強くなります」
「……俺、そんな危ないスキル使ってたの?」
「危険ではありません。“方向性”さえ誤らなければ」
アリアは俺の手の上にそっと手を重ねた。
「レイ……あなたは、自分が思っているよりずっと強い人です。
だから、このスキルはあなたを選んだのでしょう」
その言葉は優しかった。
だが同時に、胸の奥がざわつく。
(アリア……どうしてそんなに確信してるんだ?)
すると治癒師が口を開いた。
「アリア様。そろそろ“例の件”をお話しするべきかと……」
アリアの肩がびくりと跳ねた。
「……まだです」
「しかし――」
「まだです」
治癒師が口を閉ざす。
アリアは俺から視線をそらした。
(……アリアの秘密。やっぱり何か隠してる)
問いただしたい気持ちが胸に渦巻く。
だが、その前に治癒師が告げた。
「検査は終わりました。レイ様、スキル使用による副作用は軽度です。ただし——」
「ただし……?」
「“次の選択”があるとすれば、負荷は一段階増すでしょう」
「あああ……嫌な予告……」
アリアは複雑そうに唇を噛む。
「レイ。今日のところは休みましょう。体を慣らす時間が必要です」
「ああ……そうだな。正直、疲れたし」
「宿を取ります。その前に——」
アリアは窓の外を見る。
街の中心部。
大きな塔の周囲で、光がわずかに揺らいでいた。
「レイ……見えますか?」
「あれ……光が震えてる?」
「ええ。あれが……綻びの前兆です」
「っ……!」
「そしてその下には、“私の秘密”が眠っています」
アリアの声は淡い震えを帯びていた。
街の中心に潜む綻び。
アリアの隠された正体。
そして次に訪れる選択。
俺の胸の奥で、紋章が鈍く脈を打った。
(また……何かが始まる)
光の街リュミエールは、美しく輝いている。
なのに、まるで“光が揺らいで崩れ落ちる直前”のような冷たい気配が満ちていた。
「レイ。今夜、必ず話します」
アリアは静かに宣言した。
「私が……“何者なのか”を」
その瞳に浮かぶ影は、光の街の輝きとは対照的だった。




