第34章 封印都市の亡霊 ――眠り続ける古代の民
◆山脈の果て
クロノシティを出発して七日。
レイたちは人の手が入らない険しい山岳地帯へ足を踏み入れていた。
空気は薄く、冷たい。
見上げるほど巨大な岩壁が左右にそびえ、空を細く切り取っている。
「本当にこの先に都市なんてあるのか?」
レイが呟く。
先導するノアは肩をすくめた。
「あるよ」
「軽いな」
「だって本当にあるから」
軽い。
本当に軽い。
だが今回ばかりは、そのノアですら表情が固かった。
それだけ危険な場所なのだろう。
◆結界
その日の夕方。
山道を抜けた瞬間だった。
「……っ!」
レイの腕の紋章が熱を帯びる。
羅針盤が勝手に現れた。
針が震える。
そして前方を指した。
「どうした?」
セレスが尋ねる。
レイは前を見る。
何もない。
岩壁しかない。
だが――。
「何かいる」
アリアも頷いた。
「私も感じます」
次の瞬間。
空間が揺れた。
まるで水面に石を投げたような波紋。
そして。
巨大な透明の壁が姿を現した。
「結界……!?」
セレスが息を呑む。
それは都市一つを覆うほど巨大だった。
◆封印都市エルドラ
ノアが静かに言った。
「ようこそ」
結界の向こうを指差す。
「封印都市エルドラへ」
霧が晴れる。
レイたちは言葉を失った。
◆眠る都
都市があった。
確かに。
だが異様だった。
人がいる。
大勢いる。
広場にも。
街路にも。
家の前にも。
しかし。
誰一人として動いていない。
「……何だこれ」
レイが呟く。
人々はその場で静止していた。
歩いていた姿勢のまま。
会話していた姿勢のまま。
笑顔のまま。
まるで時間そのものが止まったように。
◆止まった世界
結界を抜ける。
空気が変わった。
静かだ。
あまりにも静かだった。
鳥の声もない。
風の音すらない。
まるで世界が息を止めている。
レイは近くにいた女性へ触れた。
「……冷たい」
石像ではない。
人間だ。
だが生きてもいない。
死んでもいない。
「時術ですか?」
セレスがノアを見る。
しかしノアは首を振った。
「違う」
「なら何です?」
ノアは重い声で答えた。
「封印だ」
◆五百年前
広場の中央。
巨大な噴水の前でノアは立ち止まる。
「五百年前」
静かな声。
「この都市は一夜で封印された」
「誰が?」
レイが尋ねる。
ノアは少しだけ黙った。
そして答える。
「第一選定者だ」
全員が固まった。
◆アークの罪
「アークが……?」
レイは信じられなかった。
世界を救った英雄。
そのはずだ。
「なぜ」
ノアは噴水へ視線を向ける。
「記録から消された理由だよ」
静かな声だった。
「エルドラは虚界と共存しようとした」
レイの目が見開かれる。
「共存?」
「そう」
ノアは頷いた。
「虚界を敵ではなく隣人として扱おうとした」
信じられない話だった。
◆禁忌
アリアが震えた声を出す。
「そんなこと……」
「当時もそう言われた」
ノアが続ける。
「危険だ」
「裏切りだ」
「世界を滅ぼす気か」
様々な非難が飛んだ。
「そして最終的に」
ノアは都市を見渡した。
「封印された」
静寂が落ちる。
◆違和感
レイは周囲を見る。
止まった人々。
平和な表情。
恐怖も苦痛もない。
「……なあ」
「何ですか?」
アリアが聞く。
「これ、本当に罪人の街か?」
誰も答えなかった。
レイの胸に違和感が広がる。
もし裏切り者なら。
なぜこんな穏やかな表情をしている?
なぜ戦った痕跡がない?
なぜ――。
◆棺の間
その時だった。
羅針盤が激しく回転を始める。
「またか!」
針は一直線に都市中央を指していた。
巨大な白い建物。
神殿のような場所。
アリアが息を呑む。
「あれは……」
「知ってるのか?」
「古代の門殿です」
彼女の顔が青い。
「でも残っているはずがありません」
◆地下へ
門殿の中は無人だった。
いや。
この都市全体が無人なのだが。
羅針盤は迷わず地下への階段を示す。
レイたちは降りていく。
一段。
また一段。
深く。
さらに深く。
やがて。
巨大な空間へ辿り着いた。
◆無数の棺
「……っ!」
誰もが息を呑んだ。
そこは。
未来視で見た場所だった。
広大な地下空間。
並ぶ無数の棺。
百。
二百。
いや千以上。
そして。
最奥に一つだけ特別な棺があった。
黄金で作られた巨大な棺。
その前に――。
誰かが立っていた。
◆再会
黒いローブ。
銀色の髪。
紅い瞳。
虚界王。
レイたちが現れても驚かない。
最初から知っていたように。
王は静かに棺を見つめていた。
「……また会ったな」
レイが言う。
虚界王は振り返る。
『来たか』
その声には敵意がなかった。
王は棺へ手を置く。
『五百年ぶりだ』
「何がだ」
しばらく沈黙。
そして。
虚界王は静かに告げた。
『妻に会うのは』
全員が固まった。
◆衝撃
「……は?」
レイの口から間抜けな声が漏れる。
アリアも。
セレスも。
ノアですら目を見開いた。
虚界王は黄金の棺を見つめる。
『眠ったままだ』
その声音は。
どこか寂しそうだった。
そしてレイは気付く。
未来視で見た光景と同じだ。
王は弔っていたのではない。
待っていたのだ。
ずっと。
五百年間。




