第32章 紅き王の視線 ――世界最悪の存在
◆見られた
笑った。
ただ、それだけだった。
だがレイの全身を冷たい汗が伝う。
理屈ではない。
本能だった。
あれに勝てない。
あれと戦ってはいけない。
生物としての本能が、全力で警鐘を鳴らしていた。
虚界王。
世界を滅ぼしかけた存在。
その紅い瞳が、まっすぐレイを見ている。
「……っ!」
呼吸ができない。
視線だけで身体が動かなくなる。
巨大な影の向こうで、王は静かに微笑んでいた。
まるで面白い玩具を見つけた子供のように。
◆王の声
次の瞬間。
声が響いた。
口は動いていない。
それでも頭の中へ直接流れ込んでくる。
『ようやく見つけた』
低く。
静かで。
そして圧倒的な存在感を持つ声。
レイの背筋が凍る。
『九代目』
「……!」
アリアがレイの前へ出た。
「レイを見ないでください!」
杖を構える。
だが虚界王はまるで気にしていない。
『導者か』
興味のない声。
『まだ残っていたのだな』
その一言だけでアリアの顔色が変わった。
◆知っている
「お前……アリアを知っているのか」
レイが睨む。
虚界王は少しだけ笑った。
『知っているとも』
紅い瞳が細くなる。
『最初の戦争から見ている』
世界が静まり返った。
『何度も選定者を失い』
『何度も絶望し』
『それでも立ち上がる』
『実に愚かで美しい』
「黙れ」
レイが吐き捨てる。
『怒るな』
虚界王は楽しそうだった。
『私は褒めている』
「ふざけるな!」
羅針盤が輝く。
怒りに反応するように。
◆崩壊寸前
ドゴォォォォォン!!
虚界王の眷属が再び空間を砕いた。
記録領域が限界を迎える。
白い世界に亀裂が広がっていく。
セレスが叫んだ。
「もう持ちません!」
「脱出経路は!?」
「あと少しです!」
アリアも頷く。
「レイ、急いでください!」
だが。
虚界王は動かなかった。
ただ見ている。
それだけ。
それなのに恐ろしい。
◆未来接続
その時だった。
レイの紋章が光る。
継承された新たな力。
《未来接続》
文字が浮かび上がる。
「これは……」
世界が変わる。
一瞬だけ未来が見えた。
アリアが倒れる未来。
セレスが消える未来。
レイ自身が血を流す未来。
無数の未来。
無数の可能性。
そして。
その全ての先に。
虚界王がいた。
「……!」
レイは息を呑む。
未来の果て。
世界の終わり。
そこに王は立っていた。
◆王の目的
『見えたか』
虚界王が言う。
『面白い力を継いだな』
レイは睨み返した。
「何が目的だ」
沈黙。
そして。
王はあっさり答えた。
『帰りたい』
「……は?」
予想外の返答だった。
『私は帰りたいだけだ』
王の声は静かだった。
『故郷へ』
レイも。
アリアも。
セレスも。
誰も言葉を失う。
「故郷……?」
『虚界は私の世界だ』
王は続ける。
『だが門は閉じた』
『私は取り残された』
その言葉にレイは違和感を覚えた。
世界を滅ぼす魔王のような存在。
そう思っていた。
だが今の言葉は。
まるで――。
◆違和感
「待て」
レイが口を開く。
「お前、本当に世界を滅ぼしたいのか?」
アリアが驚く。
「レイ!?」
しかしレイは王から目を離さない。
虚界王は少しだけ笑った。
『面白いな』
「答えろ」
『私は門を開きたい』
「それだけか」
『それだけだ』
静かな返答。
だがアリアは首を振る。
「違います!」
彼女の声は強かった。
「門が完全に開けば、この世界は崩壊します!」
『脆い世界だ』
「だから止めるんです!」
虚界王は黙った。
◆新たな疑問
レイの胸に疑問が残る。
何かがおかしい。
虚界王は敵だ。
それは間違いない。
だが。
何かが隠されている。
そんな気がした。
その時。
空間が大きく崩れた。
バキィィィン!!
記録領域の天井が砕け散る。
「レイ!」
アリアが腕を掴む。
「脱出します!」
「でも――」
「今は無理です!」
セレスも叫んだ。
「急いでください!」
◆最後の言葉
崩壊する白い世界。
虚界王の姿も闇に沈み始める。
だが王は最後に言った。
『九代目』
レイが振り返る。
『選択を誤るな』
紅い瞳が静かに輝く。
『世界は君に嘘をついている』
その言葉を最後に。
全てが崩壊した。
◆帰還
眩い光。
そして――。
レイたちは現実世界へ戻っていた。
第二の門の前。
時廊の最深部。
アリアが荒い呼吸を繰り返している。
セレスも壁にもたれていた。
全員無事。
だが。
誰も安心できなかった。
レイの頭に残る言葉。
『世界は君に嘘をついている』
あれは何を意味するのか。
そして。
虚界王は本当に敵なのか。
答えはまだ見えない。
だが確実に。
世界の真実へ近づいていた。




