第31章 継承される意志 ――第一選定者の遺産
◆黄金の選択
白い記録領域を震わせながら、虚界王の眷属が姿を現していく。
それは巨大だった。
塔ほどもある黒い巨人。
全身を覆う闇は絶えず形を変え、その身体には無数の眼が浮かんでは消えている。
ただ存在するだけで空間が軋む。
「まずい……!」
セレスが顔を青くした。
「記録領域そのものが侵食されています!」
アリアも杖を構える。
「レイ、選んでください! 急いで!」
視界に浮かぶ黄金の文字。
────────────── ① 今すぐ戦う ② アリアたちを連れて脱出する ③ 第一選定者アークの力を受け継ぐ ──────────────
レイは拳を握った。
戦うだけでは勝てない。
逃げても根本的な解決にならない。
なら――。
「③だ」
光文字へ手を伸ばす。
「第一選定者の力を受け継ぐ」
その瞬間。
黄金の文字が砕け散った。
《選択を確認》
《継承儀式を開始します》
世界が眩く輝いた。
◆アークの願い
アークは穏やかに笑った。
「そう選ぶと思ったよ」
「最初から分かってたみたいな言い方だな」
「選定者だからな」
「便利な言葉だな、それ」
アークは声を上げて笑った。
だが次の瞬間、その表情は真剣なものになる。
「レイ」
「何だ」
「私は失敗した」
その言葉に全員が息を呑んだ。
「世界は救えた。だが完全には守れなかった」
アークは虚空を見つめる。
「虚界王を封印しただけだ」
「倒せなかったのか」
「ああ」
静かな返答。
「だから今も世界は壊れ続けている」
アークはレイを見る。
「君には私を超えてほしい」
「……勝手なこと言うな」
「そうだな」
アークは苦笑した。
「だが希望を託せるのは君しかいない」
◆継承
アークが手を伸ばした。
「来い」
レイも手を伸ばす。
二人の手が触れた瞬間――
世界が爆発した。
◆流れ込む記憶
「ぐあああああっ!!」
頭の中へ膨大な情報が流れ込む。
知らない景色。
知らない戦場。
知らない仲間。
そして――
無数の選定者。
「これは……!」
レイは見た。
アークの後にも選定者がいたことを。
二代目。
三代目。
四代目。
何十人もの選定者。
誰もが世界を守るために戦った。
そして――。
全員が命を落とした。
「くそっ……!」
胸が苦しくなる。
だが映像は止まらない。
◆七人
最後に見えたのは――
アリアだった。
まだ幼い姿。
泣いている。
必死に誰かを抱えている。
その腕の中には瀕死の青年。
腕には選定者の紋章。
『ごめんな』
『嫌です……!』
『泣くなよ』
『嫌です!!』
青年は苦しそうに笑った。
『次が来る』
『……』
『だから頼む』
『……』
『次の選定者も守ってやってくれ』
アリアは泣きながら首を振る。
だが青年は静かに息を引き取った。
そこで映像が途切れた。
◆真実
レイは膝をついた。
息が苦しい。
胸が痛い。
アリアが慌てて駆け寄る。
「レイ!」
「……大丈夫だ」
だが大丈夫ではなかった。
今の記憶で理解してしまった。
アリアがどれほど苦しんできたか。
何度も選定者を失い。
何度も別れを経験し。
それでも戦い続けていたことを。
アリアは俯いた。
「見たんですね……」
「……ああ」
「情けないでしょう」
「何がだ」
「私は導者なのに」
声が震える。
「何度も守れませんでした」
レイは首を振った。
「違う」
「え?」
「お前は最後まで守ろうとしてた」
それだけは分かった。
どの記憶でも。
どの未来でも。
アリアは必死だった。
「だから自分を責めるな」
アリアの瞳が揺れる。
そして――。
ぽろりと涙が零れた。
◆新たな力
その時。
レイの紋章が激しく輝いた。
腕だけではない。
胸にも光が広がる。
羅針盤が宙へ浮かび上がった。
《継承完了》
《新機能解放》
《因果観測》
《未来接続》
《継承者権限》
見たことのない文字が並ぶ。
セレスが驚愕した。
「そんな……!」
「どうした?」
「継承者権限は伝説です!」
アークも少し驚いていた。
「なるほど」
「何だよ」
「想像以上だ」
アークは笑った。
「やはり君は特別らしい」
◆崩壊
しかし。
その時だった。
ドゴォォォォン!!
記録領域全体が揺れた。
虚界王の眷属が拳を振り下ろしたのだ。
白い空間が砕ける。
「まずい!」
セレスが叫ぶ。
「記録領域が持ちません!」
アークも振り返った。
「時間切れか」
黒い巨人が近づいてくる。
一歩ごとに世界が崩れる。
「レイ」
アークが静かに言った。
「最後の頼みだ」
「何だ」
「世界を頼む」
レイは頷いた。
「任せろ」
その答えにアークは満足そうに笑う。
「ありがとう」
次の瞬間。
アークの身体が光へ変わった。
「アーク!」
「行け」
光がレイの中へ吸い込まれていく。
「未来へ」
そして――。
第一選定者アークは完全に消えた。
◆虚界王の影
記録領域の崩壊が加速する。
虚界王の眷属が咆哮した。
だがその背後。
さらに巨大な影が見えた。
闇より深い闇。
世界を覆うほどの巨大な存在。
アリアが震える。
「あれは……」
セレスの顔から血の気が引く。
「まさか……」
影の奥で。
二つの紅い瞳が開いた。
それだけで空間が凍る。
レイは本能で理解した。
あれが。
世界最大の敵。
虚界王――。
その瞬間。
紅い瞳がゆっくりとレイを見た。
そして。
笑った。




