第20章 羅針なき旅路
――未来を失っても、歩ける理由
◆崩れる白、迫る虚界
白い空間は、音もなく剥がれ落ちていった。
紙を破るように、
光の層が裂け、その向こうに黒紫の空が現れる。
「……景色、最悪ですね」
リゼルがぼそりと呟く。
地面は港の名残のような石畳だが、
ところどころが溶けたように歪み、
空には星ではなく、虚界の渦が浮かんでいる。
「ここは……ティルの外縁部か」
ノアが周囲を見渡す。
「災禍の港ティル。
街としての機能は、ほぼ死んでいる」
アリアが俺の袖を、きゅっと掴んだ。
「……レイ。
ここ、時間の流れが……変です」
確かに、胸の奥がざわつく。
以前のような“選択肢の表示”は出ないが、
嫌な予感だけが、やけに生々しい。
(未来は見えない。
でも……危険は、わかる)
◆選べないという不安
一行は、崩れかけた建物の影に身を潜めた。
その瞬間――
カツン。
乾いた足音が、遠くで響いた。
「……人?」
リゼルが身構える。
影の向こうから現れたのは、
フードを深く被った人物だった。
「――選定者」
低く、静かな声。
俺の背中に、ぞくりとしたものが走る。
「……誰だ」
フードの人物は、ゆっくりと顔を上げた。
金色に近い銀髪。
そして、アリアと同じ“紋章”。
「第三導者だ」
ノアが歯噛みする。
「やっぱり来たか……」
クロウは俺を見て、淡々と言った。
「羅針盤を失った選定者。
それでも進むとは……無謀だな」
「余計なお世話だ」
言い返したが、
正直、胸の奥が痛んだ。
(見透かされてる……)
◆導者と導者
クロウの視線が、アリアに向く。
「まだ“人の心”を持っているのか」
「……あなたには、関係ありません」
アリアは一歩前に出た。
「レイは、選ぶ力を失いました。
でも、それは“逃げた”からじゃない」
クロウが眉をわずかに動かす。
「ほう?」
「守るために、捨てたんです」
アリアの声は、震えていなかった。
「それでも進むなら……
私は、その人を導きます」
一瞬の沈黙。
クロウは、静かに息を吐いた。
「……愚かで、危うい」
そして、踵を返す。
「だが覚えておけ。
虚界は“選択なき者”を最も好む」
「どういう意味だ」
問いかけたが、
クロウは振り向かなかった。
「迷いが、喰われる」
それだけを残して、
闇の中へ溶けていった。
◆それでも、前へ
沈黙が落ちる。
リゼルが、ぽりぽりと頭を掻いた。
「……不安を煽るだけ煽って去るとか、
性格悪いな、あれ」
ノアが真剣な顔で言う。
「でも、事実だ。
今の君は、未来に守られていない」
俺は、拳を握る。
「……だからって、止まる理由にはならない」
アリアが、そっと俺の手を取った。
「レイ。
未来が見えなくても……」
指先が、少しだけ震える。
「今、隣にいる人は……見えます」
俺は、ゆっくり頷いた。
「ああ。それで十分だ」
遠くで、虚界の渦が大きく脈動する。
次に待つのは、
選択ではなく、覚悟。
羅針なき旅は、
ここからが本番だった。




