魔王戦:裏話
聖十三字軍との戦争。
その終結から、数日後の夜だった。
オーガ国。
中央部。
巨大な丸太を組み上げた王の寝所。
その奥。
ヴォイドが横になろうとした、その時だった。
――……ギ……ギギギ……。
空間が軋む。
部屋の中央。
何もなかった空間に、ゆっくりと光が走り始める。
床。
空中。
見えない何かを削るように、赤黒い線が描かれていく。
魔法陣。
それも。
尋常ではない精密さの。
ヴォイドは無言だった。
ただ。
静かにその魔法陣の行く末を見つめている。
まるで。
これから何が起こるか知っていたかのように。
外。
夜番をしていたメントが異変に気づく。
「……?」
寝所の隙間から、赤黒い光が漏れていた。
メントの目が細まる。
武器へ手をかける。
そして。
扉を開けた。
「ヴォイド様、入ります」
返事を待たず、中へ入る。
瞬間。
メントの顔つきが変わった。
「……なんだァ、こりゃ」
部屋の中央。
巨大な魔法陣。
空気そのものが軋んでいる。
魔力の濃度が高すぎる。
呼吸するだけで肺が焼けるようだった。
メントは即座に武器を抜く。
だが。
ヴォイドは首を横に振った。
「……さあ?」
低い声。
メントは武器を構えたまま、魔法陣を見る。
そして。
なぜか。
廊下からユリが顔を出した。
「うわぁ……なんかぴかぴかしてるー……」
驚きと不安な顔。
だが。
部屋に入った瞬間。
ユリの耳がぴくりと動いた。
「……あ」
何かを察した顔。
メントが横目で見る。
ユリはゆっくりと目を逸らした。
「……たいへんだー」
棒読みだった。
メントの目が細くなる。
「お前、なんか知ってんな?」
「これは知らないよ?」
「これは?」
だが。
その時。
魔法陣の光が強くなる。
ギギギギギギ――!!
空間そのものが裂ける。
メントとユリの表情が変わった。
本能が告げる。
“ヤバい”。
その場にいるだけで、
膝をつきそうな圧力。
魔力。
格。
存在感。
明らかに、
今まで見た何よりも危険だった。
そして。
約一刻。
ゆっくり形成されていた魔法陣が、
ついに完成する。
赤黒い光柱。
そして。
中央。
ぽん。
――土下座。
「敵意は無い!!」
少女の声が響いた。
メントが反射的に武器を向ける。
だが。
少女は。
床へ額を擦り付けたまま。
両手を前へ伸ばし。
白旗を持っていた。
「お願いだから殺さないでほしい!!」
静寂。
メントがゆっくりヴォイドを見る。
ヴォイドは静かに頷いた。
メントは数秒警戒した後、
武器を下ろす。
少女は土下座のまま言った。
「ま、まずは名乗らせてください……!」
ヴォイドが口を開こうとする。
だが。
「いえいえいえ滅相もない!!」
少女が勢いよく顔を上げる。
そのまま再び床へ額を叩きつけた。
ゴッ。
禍々しい角が床に打ち付けられる。
「こちらから先に!!」
そして。
立ち上がる。
引き戸を開ける。
夜風。
軒下。
少女はそこへ出た。
メントの目が少し見開く。
これは!!この典型は!!
――仁義。
理解した。
メントは武器を置く。
そのまま軒下へ向かう。
ヴォイドは部屋の奥から静かに見ていた。
ユリだけが。
「……何がはじまるの」
と小声で呟いていた。
メントと少女がお互い中腰になり肩幅に足を広げる。
右ひざを軽くだす。
少女が頭を下げる。
「御当家、軒下の仁義。
失礼ですが、お控えくだすって」
メントが姿勢を正す。
メント「ありがとうございやす。
軒下の仁義を失礼さんにござんすが、
手前、控えさしていただきやす」
少女が深く頷く。
目線をメントに合わせる。
瞬きすらしていない。
右足を少し出し、右手の手のひらを差し出す。
少女「早速ながら、御当家三尺三寸借り受けまして、
稼業、仁義を発します」
メントが答える。
メント「手前、当家の若いモンでござんす。
どうぞお控えなすってください」
少女が発する。
少女「手前、お願いの立場のものでござんす。
ぜひともお兄ぃさんからお控えくだすって」
メントが嬉しそうに答える。
「ありがとうござんす。
再三のお言葉、逆意とは心得ますが、
手前、これにて控えさしていただきやす」
少女もメントも瞬き一つもしない。
「早速お控えくだすって、ありがとうござんす。
手前、粗忽者ゆえ、
あとに至って言葉の前後間違いましたる節は、
ごめんを蒙ります」
夜風が吹く。
少女の角が月明かりに照らされる。
メントは静かに聞いていた。
「向かいましたるお兄ぃさんには、
初のお目見えと心得ます。
手前、生国と発します大魔王城。
野州は魔王州でござんす。
渡世、縁持ちまして、
身の片親と発しますは、
魔王領北方に住まいを構えます、
魔王一家三代目を継承いたします、
魔王ジエンドに従います娘の一人です。
名はジュワカボースと発します。
稼業、昨今の魔王候補でござんす。
以後、万事万端よろしくお願いなんして、
ざっくばらんにお頼申します」
一切の瞬きなくメントを見続ける。
メントも静かに礼を返す。
「ありがとうござんす。
ご丁寧なるお言葉、
申し遅れまして失礼さんにござんす。
手前、当ヴォイド国ヴォイド様に従います若い者。
名はメント。
稼業、未熟の駆け出し者。
以後、万事万端、よろしくお頼申します」
「ありがとうございました。
どうかお手をお上げなすって」
「あんさんから、
お手をお上げなすって」
「それでは困ります」
「では、御一緒に」
二人同時に頭を上げる。
「「ありがとうござんした」」
静寂。
そして。
ジュワカボースが、
すうっとヴォイドを見る。
その瞬間だけ。
空気が変わった。
先ほどまでの、
どこか情けない少女ではない。
圧。
魔力。
深淵。
“魔王”。
その片鱗。
ユリが小さく震える。
メントも表情を消した。
だが。
次の瞬間。
ジュワカボースは。
再び土下座した。
「助けてください!!」
勢いよく頭を下げる。
メントがずっこけそうになる。
「……は?」
ジュワカボースは涙目だった。
「わ、我!!
弱いんです!!」
沈黙。
「魔王候補なのに!!
全然強くなくて!!」
「…………」
「お父上には次の魔王と言われてるんですけど!!
絶対狙われるんです!!」
「…………」
「でも魔王らしくしなきゃで!!
でも無理で!!
だから!!」
ばんっ。
再び額を床へ。
「どうか!!
負けたフリしてください!!」
メントが顔を覆う。
ユリが床へ頭をぶつけ始める。
ヴォイドだけが静かだった。
ジュワカボースは涙目のまま続ける。
「あと戦場の魂ください!!
あと部下になってください!!
あと副魔王やってください!!」
「要求多いなァ!?」
メントがついに突っ込んだ。
ジュワカボースは泣きそうだった。
「だって怖いんだもん!!」
沈黙。
しばらくして。
ヴォイドが立ち上がる。
ゆっくり。
ジュワカボースの前へ行く。
そして。
一言。
「…いいぞ」
ジュワカボースが固まる。
「……へ?」
「…やる」
数秒。
そして。
ジュワカボースが、
ぽろぽろ泣き始めた。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
メントが天を仰ぐ。
ユリがぼそっと言う。
「……本物の魔王ってなんだっけ」
これがやりたかったw




