各地の反応:エルフ領
目玉に翼の生えた異形の魔物。
それはエルフ領の空にも現れた。
森の上空を漂うそれに、最初に弓を向けたのは国境警備のエルフ達だった。
だが。
矢は届かない。
まるで空間そのものが歪んでいるかのように、矢は途中で軌道を失い、落ちていく。
やがて、その巨大な目玉の中央に光が集まり――空中へ映像が映し出された。
森の各地で、エルフ達が足を止める。
そして。
ダークエルフ領でも。
酒場で騒いでいた者。
武器の手入れをしていた者。
警備をしていた者。
誰もが空を見上げた。
映し出されたのは、
薄青い肌を持つ幼い少女。
禍々しい角。
身体を走る紋様。
そして。
人ではない“何か”。
「我は魔王が娘の一人、ジュワカボース!」
空に響く声。
森が静まり返る。
エルフ達は互いに顔を見合わせた。
「……魔王?」
「まさか、本当に存在していたのか……?」
長命種である彼らですら、
魔王など神話や伝承の存在に近かった。
だが。
次の瞬間。
映像が切り替わる。
そこに映った“オーガ”を見た瞬間、
エルフ達の空気が変わった。
「……っ」
「あのオーガ……!」
ざわめき。
恐怖。
それは覚えていたからだ。
山を穿った存在。
雪崩を止めた存在。
たった一振りで、自然そのものを止めた怪物。
ダークエルフの女船長は、酒瓶を持つ手を止めた。
「……またかよ」
乾いた声。
だが、額には汗が滲んでいた。
彼女は知っている。
あの時。
海上で。
ヴォイドが本気なら、自分達は全員死んでいた。
だからこそ。
映像の中で、悪魔を相手に戦うヴォイドを見て、
誰よりも理解してしまった。
「あれと戦ったらどうなるか…」
悪魔達が襲いかかる。
ヴォイドが消える。
次の瞬間には、
悪魔の頭が地面に叩きつけられていた。
土が吹き飛ぶ。
巨体が舞う。
空気が震える。
「あの時は本気の一部も出してなかったんじゃねえか……」
映像越しですら、その戦闘の異常さが伝わってきた。
エルフ達は言葉を失っていた。
速すぎる。
重すぎる。
そして。
強すぎる。
巨大な悪魔が現れた時。
森の各地で悲鳴が上がった。
「なんだあれは……!」
「馬鹿な……!」
だが。
ヴォイドは止まらない。
殴り。
蹴り。
投げ。
巨大な悪魔を地面へ叩き伏せる。
そのたびに大地が揺れ、森の鳥達が飛び立っていた。
エルフの女王は、玉座から立ち上がっていた。
普段冷静な側近達も、誰一人として口を開けない。
理解が追いつかなかった。
そして。
魔王との戦い。
空気が変わる。
ヴォイドが武器を抜いた瞬間、ダークエルフの長が目を細めた。
「……あれは」
あの武器。
ただの武器ではない。
異常な思い。
異常な技術。
それを理解できるからこそ、背筋が冷えた。
だが。
その武器ですら、魔王には届かない。
斬撃は止められ。
弾かれ。
拳は届かず。
爆発。
轟音。
吹き飛ぶヴォイド。
森中が静まり返った。
あの怪物が。
あのヴォイドが。
一方的にやられている。
その事実が、全員の思考を止めた。
エルフの使者が震える声で呟く。
「……ありえない……」
ダークエルフの女船長は、無意識に後退っていた。
知らず知らずのうちに、腰の短剣へ手が伸びていた。
恐怖。
本能的な恐怖。
なにかに縋り付いていないと安心できない。
やがて。
ヴォイドが膝をつく。
魔王へ。
その瞬間。
世界が静まり返った。
誰も口を開けなかった。
そして。
エルフ領。
ダークエルフ領。
それぞれ別の場所で。
別々に映像を見ていた長達が、
まったく同じ言葉を口にした。
「「あれに狙われている」」
その声には。
怒りも。
誇りも。
なかった。
ただ。
理解してしまった者だけが抱く、静かな恐怖だけがあった。




