ドワーフ国
西の大山脈。
その中腹に築かれた国。
ドワーフの国。
岩を削り、山そのものに穴を穿ち、道とし、部屋とし、街とする。
彼らは掘る。
ただ掘るのではない。
選び、見極め、取り出す。
鉱石。
鉄。
それらを山の奥から引きずり出す。
水を流す。
通す。
冷やす。
砕く。
選別する。
そして——炉。
火を入れる。
熱する。
溶かす。
赤く。白く。
流れる鉄。
それを叩く。
形にする。
武器。
防具。
道具。
組み上げる。
完成させる。
それが彼らの生だ。
そして——それは、金になる。
鉄剣一本。
安物であっても——三十銀貨。
質の良いものなら——一金貨。
鎧。
革であれば五十銀貨。
鉄鎧なら三金貨。
騎士用ともなれば——十金貨を超える。
それは、一般の人間が一年かけて稼ぐ金額に近い。
つまり——
武器とは命を守る道具でありながら、同時に“財産”だった。
ドワーフはそれを作る。
金に変える。
国を支える。
その中心にいる。
見た目は、小さい人間に近い。
だが違う。
手足は太い。
胴は詰まり、重い。
肌は浅黒く、煤に慣れている。
顔は似ている。
だが違う。
髭。
傷。
癖。
それぞれが、それぞれの違いを持っている。
——門。
岩を削った厚い扉。
その前。
見張りの一人が、森の奥を見た。
そして——
固まった。
「……おい」
声が、乾く。
「……来てる」
隣のドワーフが眉をひそめる。
「何が——」
言いかけて、止まる。
見えた。
木々の隙間。
影。
一つ。
二つ。
——六つ。
大きい。
揺れない。
一直線に、来る。
「……オーガだ」
その一言で、空気が変わる。
「は?」
「数は!?」
「六だ!」
一瞬の静止。
次の瞬間——
「警戒!!!オーガだ!!!複数!!!」
怒号。
弓が上がる。
槍が構えられる。
「門を閉めろ!!」
重い音が鳴る。
——ゴゴゴゴゴ
岩の扉が動き始める。
だが——遅い。
まだ遠い。
だが確実に近づいてくる。
六体。
止まらない。
「早くしろ!!」
「間に合わねぇぞ!!」
一人が後ずさる。
足がもつれる。
尻もちをつく。
「む、無理だ……」
声が震える。
「来るな……来るな……」
門前にいたドワーフが、踵を返す。
「入れてくれ!!閉めるな!!」
内側に向かって叫ぶ。
まだ完全には閉じていない門へ、無理やり滑り込む。
押し込むように中へ。
「閉めろ!!閉めろ!!!」
混乱。
統制が崩れかける。
だが——
六体のオーガは、止まった。
門の前。
一定の距離。
それ以上、踏み込まない。
それが——逆に、異様だった。
「……なんで……来ねぇ?」
弓を引いたまま、誰かが呟く。
「罠か……?」
「いや……」
違う。
動かない。
ただ——立っている。
並び。
距離。
崩れない。
暴れない。
その沈黙が——
場を、押し返す。
「……」
三本角。
ニズムが一歩前に出る。
ゆっくりと。
敵意を見せない速度で。
「来るな!!」
叫び。
だが——
止まらない。
そして。
手を上げる。
掌を見せる。
何も持っていない。
武器も。
石も。
ただ——空の手。
「……待て」
低い声。
短い。
だが——通る。
張り詰めた空気の中で、それだけが落ちる。
弓が、わずかに揺れる。
槍が、止まる。
「……喋った……?」
誰かが呟く。
理解が、遅れる。
「……話をしたい」
ニズムは続ける。
動かない。
踏み込まない。
ただ——そこにいる。
それだけで、“越えない”ことを示す。
門番が、歯を食いしばる。
恐怖。
混乱。
だが——
目の前の現実。
「……止めろ」
低く言う。
扉の動きが、止まる。
完全には閉じない。
遮断しきらない。
「……話す気があるなら、聞く」
弓は下ろさない。
だが——撃たない。
その状態。
不安定な均衡。
ニズムはうなずく。
「……鉄が…欲しい」
短い。
沈黙。
ドワーフたちの顔が歪む。
「……は?」
理解が追いつかない。
だが——今度は、誰もすぐに騒がない。
さっきまでの混乱が、逆に冷やす。
「……交渉か……?」
門番が低く言う。
ニズムはうなずく。
「……交換」
後ろの樽を、軽く叩く。
鈍い音。
後ろのオーガが一樽をニズムの前において下がる。
門番がおそるおそる近づく。
まだ警戒したまま。
距離を保ちつつ。
樽を蹴る。
蓋をずらす。
中を見る。
黒い塊。
「……オーガ鉱石……?」
ざわつく。
「なんでこんなもん……」
「ゴミだろ……」
失笑して——止まる。
視線が戻る。
六体。
動かない。
揃っている。
崩れない。
「……おい」
一人が呟く。
「これ、本当にオーガか?」
答えは出ない。
だが——
誰も否定できない。
門番が、ゆっくりと息を吐く。
「……待ってろ」
中へ合図。
今度は、誰も逃げない。
伝令が走る。
岩の中へ。
その間も——
六体は動かない。
暴れない。
ただ、そこにいる。
そしてその沈黙が——
さっきまで混乱していた門前を、押さえつけていた。
やがて——
門の奥から、命令が返る。
「……通せ」
短く。
だが、重い。
門番が頷く。
「……通す」
ゆっくりと、扉が開く。
今度は——迎え入れるために。
「妙な真似はするな」
ニズムはうなずく。
「……しない」
六体が動く。
境界を越える。
その瞬間——
ドワーフたちは理解する。
さっきの恐怖とは違うものを。
これは——
暴れる存在ではない。
止まることを知っている存在。
そして——
“話す”ことを選んだ存在だと。




