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最初の交易

村に、変化があった。


それは戦でも、狩りでもない。

——運搬と、生産だった。


かつて、この群れに「蓄える」という概念はなかった。

狩る。食う。終わり。

余れば腐り、足りなければ飢える。


だが今は違う。


洞窟。

かつては「硬すぎて使えない石」として放置されていた黒い鉱石。


——オーガ鉱石。


ピッケルも通らず、砕けもしない。

ただの“邪魔な塊”。


だが今は違う。


灰と炭、そして排泄物から生まれた灰色の石。

それをピッケルの先に押し固める。

火で炙る。

赤くなるまで待つ。


そして——黒い鉱石に押し当てる。


削るのではない。


“剥がす”。


じゅ、と音がする。

石と石が、わずかに噛み合う。

そのまま力を込める。


ぴし、と亀裂が走る。


「……取れる」


短い言葉。


だが、それで十分だった。


ニズムの一言を境に、周囲が動き出す。


同じ手順。

同じ動き。

同じ結果。


理解は共有されている。


打つ。

押し当てる。

剥がす。


黒い塊が、次々と地面に落ちていく。


重い。

だが——持てないほどではない。


それを集める。


運ぶ。


木を削る。

割る。

組む。


樽を作る。


粗い。

歪んでいる。

だが——壊れない。


金属の輪はない。

だが、必要ない。


皮を裂く。

巻く。

締める。


力で固定する。


一つ。

二つ。

三つ。


——六つ。


並んだ樽は、ただの容器ではない。


それは——“蓄えられた価値”だった。


「……行くぞ」


ニズムが言う。


声は小さい。

だが、届く。


五体が前に出る。


誰も問い返さない。

誰も迷わない。


皮袋に水。

干し肉。


最低限。


樽を抱える。

肩に乗せる。

両脇に挟む。


それでいい。


朝。


光がまだ弱い時間。


ニズムは中央へ向かう。


道が開く。


言葉はない。

だが——全員が理解している。


これは、ただの運搬ではない。


“外へ出る”という行為だ。


一段高い場所。


そこに——王がいる。


ヴォイド。


何も変わらない。


座っている。

片膝を立て、肘を乗せる。


動かない。


だが——空気は、静まる。


ニズムは止まる。


「……一週間で」


短い。


「……戻ります」


沈黙。


一瞬。


ヴォイドが口を開く。

 

「……楽しみだ」


それだけ。


だが——空気が変わる。


命令ではない。

期待でもない。


“結果を前提にした肯定”。


ニズムの背筋が、わずかに伸びる。


「……必ず」


それだけ言う。


背を向ける。


歩き出す。


五体が続く。


誰も振り返らない。


村を出る。


森を抜ける。


そして——加速する。


走る。


踏み込む。


地面が沈む。

だが止まらない。


足に巻かれた皮が衝撃を殺す。


石。

根。

段差。


関係ない。


痛みがない。


走る。


呼吸は乱れない。

筋肉は持続する。


昼も夜も関係ない。


止まる理由がない。


走る。

走る。

走り続ける。


やがて——


山が見える。


西。


大山脈。


巨大な壁。


だが——止まらない。


登る。


指を掛ける。

岩を掴む。


踏み込む。


体重が乗る。


崩れない。


落ちない。


重さが——そのまま“安定”になる。


一歩。

また一歩。


垂直に近い斜面を、ただ進む。


そして——


一日と、少し。


到達する。


岩肌に穿たれた入口。


明らかに、自然ではない。


削られている。

整えられている。


“作られた穴”。


中から音がする。


カン。

カン。

カン。


一定のリズム。


金属を打つ音。


ニズムが立ち止まる。


視線が、奥へと伸びる。


「……ここだ」


その一言で、全員が樽を抱え直す。


重さを確認する。

位置を整える。


そして——門を見上げる。


ここは、狩場ではない。


村でもない。


“加工する者たちの場所”。


異なる文明。


異なる価値。


理解できないもの。


だが——必要なもの。


ニズムの目が細くなる。


(……繋がる)


言葉にはならない。


だが——確信している。


村の奥。


ヴォイドは、変わらずそこにいる。


風が皮の幕を揺らす。


光が揺れる。


その奥で——ただ、座っている。


視線は遠く。


何も見ていないようで——見ている。


(……遠くにいくみたいだな)


一瞬だけ思考する。


間。


(……お土産持って帰ってくるかな)


その思考は——


この世界の緊張と、あまりにも釣り合っていなかった。

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