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一を十にするもの

オーガの村には、明確な変化があった。


それは戦でも、狩りでもない。


“関係”だった。


かつて——


雌は少なかった。


雄は多く、力で序列を決める。


強い雄が選ばれる。

弱い雄は、選ばれない。


雌同士にも序列があった。


最も強い雌が、最も強い雄を取る。

次が、その次を。


それが自然だった。


それが——“強さを残す”やり方だった。


だが——今は違う。


統率。

秩序。

無言の理解。


王が現れてから、それは崩れた。


奪うでもなく。

競うでもなく。


選ぶこと自体が、強制ではなくなった。


それでも——序列は消えていない。


ただ、“意味”が変わった。


力だけではない。


見ているもの。

考えているもの。

動き方。


それらが、評価に混ざる。


群れではなく——“集団”へ。


その変化は、雌たちにも現れていた。


ユリ。


最も強い雌。


筋肉は厚く、骨格も整っている。


だが——その動きは荒くない。


力を知っている。

使いどころを知っている。


そして——純情だった。


遠くにいる王を見る。


それだけで、ほんのわずかに動きが鈍る。


拳を握る。

離す。


自分でも理由が分からないまま、視線を逸らす。


ツツジ。


寡黙。


ほとんど喋らない。


だが——常に見ている。


誰がどこにいるか。

何をしているか。

どこが足りないか。


視線が、動かない。


全体を捉え続けている。


指示は出さない。


だが——気づけば、周囲がその動きに合わせている。


アザミ。


一番小さい。


だが——速い。


異様なまでに速い。


踏み込みに迷いがない。

引き際に躊躇がない。


獲物でも。

同族でも。


“間”を奪うことにためらいがない。


その目は、どこか危うい。


だが——だからこそ、強い。


バス。


最も大きい。


体は豊かで、動きは緩やか。


おっとりしている。


だが——重い。

一歩踏み出すだけで地面が沈む。


一歩。

一撃。


それだけで、終わる。


怒らせれば——止められない。


そして——ノゲシ。


小さい。


一番弱い。


だが——


一番、見ていた。


強さではなく。


変化を。


「……また描いてる」


ノゲシが、しゃがみ込む。


地面。


そこに、線が刻まれている。


木の枝で引かれた跡。


円。

線。

重なり。


ニズムが座っている。


三本の角。


その中央。


三つ子の末。


だが——


その目は、他と違う。


外ではなく、内を見ている。


流れ。

繋がり。


見えないものを追っている。


「……ん」


顔を上げる。


わずかに間を置く。


「……村」


短い。


だが——それで足りた。


ノゲシは隣に座る。


「好きだよ、いまの」


ぽつり。


「みんな、変わった」


少しだけ笑う。


「前はさ、強いか弱いかだけだったでしょ」


視線を巡らせる。


皮を干す個体。

木を削る個体。

火を扱う個体。


それぞれが、役割を持って動いている。


「でも今はさ——」


「みんな、みんなのこと考えてる」


「すごいよね」


ニズムは視線を落とす。


「……ヴォイド様」


一言。


それだけ。


ノゲシは頷く。


「うん」


ニズムは地面に指を走らせる。


円を描く。


「……0」


次に線を引く。


「……1」


円を指す。


「……ヴォイド様」


そして、線を見る。


「……村を動かす」


ノゲシが首を傾げる。


「……ニズムは?」


沈黙。


ニズムは線を増やす。


枝分かれ。

重なり。


広がる。


「……10」


ぽつり。


「……繋ぐ」


ノゲシが少し驚いた顔をする。


「……すごいね」


ニズムは首を振る。


「……足りない」


「……見えない」


「……弱い」


拳を握る。


だが——怒りではない。


不足への理解。


「……もっと役に」


一拍

 

その言葉に、ノゲシは思い出したように顔を上げる。


「そういえばさ」


ニズムが視線を向ける。


「ヴォイド様、変なことしてた」


「夜にね」


少し身を乗り出す。


「トイレの中からさ——灰色の石、取ってきてた」


ニズムの目が、わずかに細くなる。


「それをね」


「ピッケルの先につけて」


「洞窟の黒い石に押し当てて」


「火であぶってた」


一呼吸。


「そしたら——」


「くっついた」


「黒い石が」


「ぴったり」


沈黙。


ニズムは動かない。


だが——内側は、動いている。


王が作った。

灰。

炭。

排泄物。

 

混ざる。


変質。


熱。


媒介。


接着。


今まで使えなかったもの。


扱えなかった石。


それが——


繋がる。


「……あ」


小さく、漏れる。


ノゲシが覗き込む。


「なに?」


ニズムは答えない。


だが——


線が増える。


円が重なる。


村。

資源。

道具。

力。


全部が繋がる。


断片だったものが、一つになる。


「……使える」


一言。


だが——重い。


「……全部」


「……繋がる」


ノゲシは、それを見る。


嬉しそうに。


本当に、嬉しそうに。


「やっぱり、すごいね」


ニズムは小さく頷く。


その目は——もう違う。


ただ考えるだけではない。


使うために、考えている。


「……ヴォイド様」


その一言に、方向が定まる。


「……形にする」


ぽつり。


静かに。


確かに。


その言葉が——落ちた。

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