謁見
ドワーフの街に、異様な列が入ってきた。
先頭と最後尾。
そして左右。
重装のドワーフ兵が囲んでいる。
槍。盾。
視線は鋭く、間合いは詰めすぎない。
一歩で届く距離ではない。
だが、二歩で仕留められる距離。
計算された配置。
——護衛ではない。
監視だった。
その中心を、オーガの一団が進んでいる。
石畳を踏む足音が、重く、一定に響く。
通りに立つドワーフたちは、思わず手を止めた。
鍛冶の槌が止まる。
炉の火を見ていた者が顔を上げる。
視線が、一斉にその列へ向く。
「……オーガだぞ」
「囲ってる……」
「討伐、じゃないのか?」
ざわめきが、波のように広がる。
だが——違和感が残る。
「いや……なんか、おかしくないか?」
「服……着てるぞ」
「しかも、揃ってる」
視線が、列の内側へ集中する。
オーガたちは、暴れない。
騒がない。
歩幅が揃っている。
呼吸が乱れていない。
視線がぶれない。
ただ——前を見て進んでいる。
「……整ってる」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その言葉が、妙に残る。
本来ならありえない。
囲まれれば暴れる。
怒る。吠える。
それがオーガだ。
だが——違う。
囲まれているのに、従っているように見えない。
ただ——同じ方向へ進んでいるだけ。
命令されているのではない。
“理解して動いている”。
その違いが、説明できない。
「……なんで王宮に向かってる」
「まさか……謁見か?」
「ありえねぇだろ……」
噂と推測が、積み重なっていく。
そして——列は止まらない。
そのまま、王宮へと入っていった。
高い天井。
石造りの巨大な空間。
冷たい空気。
足音が反響する。
玉座へ続く階段。
謁見の間。
オーガたちは並ぶ。
膝はつかない。
だが——乱れもない。
その背後。
距離を取り、ドワーフ兵が配置につく。
弓は張られ、槍は向けられている。
完全な警戒。
それでも——
場の中心にある“圧”は、別の場所にあった。
オーガの列。
その静けさ。
その揃い。
それが、空間の重心を奪っていた。
周囲のドワーフたちが、小さく息を呑む。
(……普通のオーガじゃない)
王宮付きの外交官が、確信する。
通常のオーガであれば——
暴れる。
奪う。壊す。
会話は成立しない。
そして何より——価値を知らない。
金も。
銀も。
鉄剣一本がどれだけの価値を持つかも理解しない。
鉄剣一本で、一金貨。
それは人間が一年で稼ぐ金額に近い。
鎧一式なら、三金貨以上。
六体分を揃えれば——
十数金貨。
質を求めれば、二十を超える。
それを——
オーガが求めている。
違和感は、もう疑いではない。
(こいつらは、“価値”を理解している)
その時——
階段の上から声が落ちる。
「私はこのドワーフ国の統率者、ドヴェルグと言う」
ドワーフ王。
姿は他と大差ない。
だが——重い。
そこに立つだけで、空気が締まる。
深く刻まれた顔の傷。
熱で焼けた皮膚。
分厚い腕。
積み重ねた時間が、そのまま圧になる。
「そなたたちオーガの取引について話を聞こうと思う」
わずかに間。
「まずは、この国に対して戦闘の意思がないことは確認したい。どうか?」
沈黙。
空気が張る。
視線が集まる。
そして——
三本角が、一歩前に出る。
ニズム。
これまでの短い言葉。
だが——
今、その呼吸が変わる。
「……我々は、この場で戦わない」
最初は、短い。
だが、続く。
「理由は単純だ」
一拍。
言葉を選ぶ。
組み立てる。
「ここは、壊す場所ではない」
ざわめきが、わずかに走る。
ニズムは止まらない。
「我々は——作るために来た」
言葉が繋がる。
途切れない。
「我が王に誓っている」
「無駄な戦闘はしない」
「必要なものだけを取る」
「それ以外は——触れない」
静かに、しかし確実に。
言葉が場に積み上がっていく。
ドワーフたちの視線が変わる。
理解し始める。
「我々は鉄の装備が欲しい」
「剣。槍」
一拍。
「防具一式」
そして——止まらない。
「理由は明確だ」
「生き残るためだ」
「守るためだ」
「次に進むためだ」
言葉が、重なる。
強くなる。
ニズム自身が、それを感じている。
言葉が——通じる。
力になる。
その感覚を、掴み始めている。
ドワーフ王は、わずかに目を細めた。
「……あいわかった。その言葉は信じよう」
一拍。
「では次だ」
視線が樽へ向く。
「量と質を聞こうか」
空気が、さらに重くなる。
「対価として、そなたたちは何を持ってきた?」
ニズムは、樽を見る。
そして——言葉を選ぶ。
今度は、迷わない。
「量は——百」
ざわめき。
その数の重さを、誰もが理解する。
ニズムは続ける。
「質は、条件を出す」
視線が集まる。
「壊れないこと」
「繰り返し使えること」
「我々の力に耐えること」
明確。
具体。
曖昧さがない。
そして——
一歩、踏み込む。
「対価として——」
間。
だが、その間は“詰まり”ではない。
“選択”だった。
「この鉱石を持ってきた」
樽を示す。
「オーガ鉱石」
言い切る。
ざわめき。
だが——今度は笑いが弱い。
ニズムは続ける。
止まらない。
「硬い」
「溶けない」
「削れない」
一拍。
「だから捨てられた」
視線が刺さる。
だが——受ける。
「だが、それは“使えない”ではない」
空気が変わる。
「“まだ使い方がない”だけだ」
沈黙。
ニズムの目が、わずかに細くなる。
思考が、そのまま言葉になる。
「もし——」
「これを加工できるなら」
「価値は変わる」
「鉄とは別の強さになる」
「新しい道具になる」
言葉が積み上がる。
もう、途切れない。
「今回の価値は二つだ」
指を一本立てる。
「量」
もう一本。
「可能性」
言い切る。
「我々は、それを対価として提示する」
完全な沈黙。
計算が走る。
金ではない。
数字でもない。
技術。
未来。
それを——差し出された。
ドワーフ王は、ゆっくりと口角を動かした。
「……面白いな」
低く。
重く。
その一言で——
場の空気が、完全に変わった。




