表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/106

融和

ドワーフ王は、しばし沈黙した。

 

炉の熱が、空気を揺らす。

 

誰も動かない。

 

やがて——

 

低く、語り始めた。

 

「オーガ鉱石は、鉱石層に度々含まれる」

「その硬さは鉄の数倍以上——いや、それ以上だ」

 

視線が、樽へ落ちる。

 

「通常の鍛造では、傷一つ付かん」

「炉に入れても溶けぬ」

「砕こうとすれば、道具が先に壊れる」

 

一拍。

 

「ゆえに——価値はない」

 

言い切る。

 

「扱えぬものは、存在しないのと同じだ」

 

静かな同意。

 

周囲のドワーフたちが、わずかに頷く。

それは理屈ではない。

 

経験。

積み重ね。

何度も試し、何度も諦めた末の“結論”。

 

「採掘されても捨てられる」

「混ざれば不純物として除かれる」

 

その言葉に、誰も異を唱えない。

 

揺るがない常識。

 

だが——

 

王の視線が、鋭く変わる。

 

三本角を射抜く。

 

「それを——」

 

空気が沈む。

 

「どうやって、価値に変えるという」

 

低い圧。

 

押し潰すような問い。

 

「そなたらは、我らの技術を超えると言うのか」

 

沈黙。

 

重い。

 

試すのではない。

 

踏み潰す問い。

 

だが——

 

ニズムは、動じない。

 

呼吸が、乱れない。

 

むしろ——整っている。

 

一歩、前へ。

 

そして——言葉を選ぶ。

 

「……方法は、単純だ」

短い。

 

だが、続く。

 

「もう一つの樽に入っているものを使う」

 

後ろを示す。

 

「我が村では——“オーガの恵み”と呼ぶ」

 

その言葉に、わずかな違和感が走る。

 

だが、誰も口を挟まない。

 

蓋が開けられる。

 

中にあるのは——灰色の塊。

 

粒でもない。

 

粉でもない。

 

塊。

 

大小が混ざり、形も不揃い。

 

だが——どこか均一。

 

ざわり、と空気が揺れる。

 

「それを、どうする」

 

王が問う。

 

ニズムは、即答しない。


ほんの一瞬だけ、考える。

 

言葉を——整える。

 

「混ぜる」

 

一拍。

 

「火に入れる」

 

さらに一拍。

 

「それだけだ」

 

短い。

 

だが——今までとは違う。

 

“意図して短くしている”。

 

沈黙。

 

理解が追いつかない。

 

「……それだけか?」

 

疑いではない。

確認。

 

ニズムは、頷く。

 

「それで足りる」

 

言い切る。

 

今度は、揺れない。

 

その言葉に——

場の空気が、わずかに変わる。

 

(本気だ)

 

誰もがそう感じる。

 

そして——

 

「やれ」

 

王の命令が落ちた。

 

炉。

 

王宮内、最大級の鍛造炉。

 

ドワーフの誇り。

 

国の心臓。

 

蓋が開く。

 

熱風が噴き出す。

 

肌を焼く熱。

 

赤。

白。

揺らめく炎。

そこへ——

 

オーガ鉱石が投じられる。

 

鈍い音。

続いて——

 

灰色の塊。

“恵み”。

 

落ちる。

沈む。

 

沈黙。

 

誰も喋らない。

 

職人たちの目が、炉に釘付けになる。

 

(変わるはずがない)

(何度も試した)

(結果は同じだ)

 

そう思っている。

 

だが——

 

目を逸らせない。

 

時間が、伸びる。

 

数秒。

 

何も起きない。

 

さらに数十秒。

 

変化なし。

 

誰かが、わずかに息を吐く。

 

(やはり——)

その瞬間。

 

——音。

 

「……?」

 

小さい。

 

だが、確かに。

 

ひびの入るような音。

 

炉の中。

 

黒い塊が——

 

沈んだ。

 

「……なに?」

 

誰かが漏らす。

 

次の瞬間。

 

崩れる。

 

音もなく。

 

抵抗もなく。

 

“壊れない”はずのものが——

 

ほどけるように。

 

解けるように。

 

形を失っていく。

 

「……は?」

 

理解が追いつかない。

 

溶けている。

 

だが——違う。

 

鉄のような粘りではない。

 

もっと滑らか。

 

もっと従順。

 

意思を持たない水のように——

 

均一に、広がる。

 

「嘘だろ……」

 

職人が一歩下がる。

 

手が震える。

 

「そんな……そんなはずが……」

 

ドワーフの常識が、崩れていく。

 

目の前で。

 

音もなく。

 

やがて——

 

取り出される。

 

赤熱した黒。

 

だが——

 

それはもう“石”ではない。

 

流れている。

 

形を変えられる状態。

 

まるで——

 

最初から“加工されるために存在していた”かのように。

 

完全な沈黙。

 

誰も、言葉を出せない。

 

ドワーフ王が、ゆっくりと立ち上がる。

 

階段を降りる。

 

一段。

 

また一段。

 

重く。

 

確かめるように。

 

そして——

 

それの前に立つ。

 

手を伸ばす。

 

触れる。

 

一瞬。

 

すぐに離す。

 

熱ではない。

 

理解が——拒否した。

 

「……ありえん」

 

かすれた声。

 

否定ではない。

 

現実の確認。

 

周囲のドワーフたち。

 

職人。

兵。

官。

 

全員が同じことを思う。

 

(これが可能なら——)

 

鍛造は変わる。

 

工程が消える。

 

時間が縮む。

 

“できなかったこと”が、できるようになる。

 

捨てていた鉱石が——資源になる。

 

いや、それ以上。

 

技術の前提が崩れる。

 

空気が変わる。

 

もう、“珍しい交渉相手”ではない。

 

違う。

 

これは——

 

世界を変える技術を持ってきた存在。

 

ドワーフ王が、顔を上げる。

 

ニズムを見る。

 

その目は——

 

完全に変わっていた。

 

試す者でもない。

 

測る者でもない。

 

奪う者の目。

 

「……いくつ、持ってきた」

 

低い。

 

だが——抑えきれていない。

 

欲。

 

ニズムは即答する。

 

「オーガ鉱石が五樽」

 

一拍。

 

「“恵み”が一樽」

 

沈黙。

 

次の瞬間——

 

王の口元が歪む。

 

笑いではない。

 

飢え。

 

思考が走る。

 

(鉄に混ぜる)

(強度が跳ね上がる)

(折れない)

(貫かれない)

(加工も容易になる)

(工程が減る)

(量産が可能になる)

(軍備が変わる)

(国が変わる)

 

「……足りんな」

 

ぼそりと漏れる。

 

その一言で——

 

場の全員が理解する。

 

価値が、反転した。

 

“ゴミ”だったものが。

 

今この瞬間——

 

国の根幹を揺るがす資源になった。

 

ニズムは、それを見ている。

 

理解している。

 

そして——

 

わずかに、口角が上がる。

 

にやり、と。

 

言葉が通じた。

 

価値が伝わった。

 

交渉が——成立した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ