使者
周囲のドワーフたちが、一斉に動いた。
「鉄と合わせられるのか……!?」
「今の融解温度は!?記録しろ!」
「待て、あの粘性はなんだ!?金属じゃないぞ!」
「結晶構造が崩れてる……いや、再構築されている!?」
「硬度は!?冷却後を測れ!!」
声が重なる。
ぶつかる。
止まらない。
炉へ——詰め寄る。
一歩。
また一歩。
距離が詰まる。
誰も止まれない。
その目は、完全に“職人”だった。
理屈を求める目。
再現を求める目。
そして——
理解できないものを前にした、飢えた目。
呼吸が荒くなる。
手が震える。
それでも——前へ出る。
誰かが、手を伸ばしかけた。
その瞬間——
「やめろ」
ドワーフ王の声が、空間を叩き割った。
——静止。
全員の動きが止まる。
空気が凍りつく。
「……皆の興奮は理解している」
低い。
抑えた声。
だが——逆らえない。
「だが今は——使者の前だ」
その一言で、場は強制的に整えられた。
呼吸が戻る。
距離が開く。
理性が、引き戻される。
三本角のオーガ——ニズムは、その光景を静かに見ていた。
視線は動かない。
だが——理解している。
この瞬間。
関係が変わった。
彼らはもう“魔物”ではない。
——使者だ。
王が、ゆっくりと口を開く。
「……確認する」
視線が炉の中へ向く。
「それは“オーガ鉱石”で間違いないな」
「そうだ」
ニズムは短く答える。
だが——間を置かない。
「産地は複数」
一拍。
「層に混ざる形で存在する」
言葉が、少し伸びる。
王の視線がわずかに変わる。
(説明している)
ニズムは続ける。
「選別して集めた」
「混入率は低い」
「だが——量は確保できる」
明確。
情報が乗る。
そして——
王が続ける。
「そして——今の現象」
わずかに言葉を選ぶ。
「……溶けたのではないな」
沈黙。
ニズムは、ほんの一瞬だけ考える。
そして——答える。
「違う」
一拍。
「構造が変わった」
さらに続ける。
「熱だけではない」
「媒介がある」
「“恵み”が、鍵だ」
場の空気が変わる。
ドワーフたちの目が、一斉にニズムへ向く。
「我らは、この石を知っている」
王が言う。
「硬く、砕けず、溶けず——加工不能」
一歩、前へ。
「ゆえに価値はない、と判断してきた」
だが——
「だが今、それが崩れた」
視線が突き刺さる。
「そなたらは、“別の理屈”で動かした」
沈黙。
重い。
だが——
ニズムは、今度は間を恐れない。
言葉を組み立てる。
「理屈は、まだ途中だ」
ざわり、と揺れる。
「だが結果は出ている」
「再現もできる」
「条件も、揃えられる」
一つ一つ、積み上げる。
「だから——価値になる」
言い切る。
完全な沈黙。
王が、ゆっくりと息を吐く。
「……面白い、では足りん」
小さく呟く。
だが——その奥にあるのは渇きだ。
「これは」
一拍。
「鍛冶の前提を、壊す」
ざわり、と空気が揺れる。
「“溶けないものは使えない”」
「その常識が、誤りだった可能性がある」
拳が、わずかに握られる。
「この素材は、武具の強度を変えるだけではない」
「製造工程そのものを変える」
さらに一歩。
「いや——」
「鍛冶という概念そのものを、変える」
完全な沈黙。
誰も動けない。
王は、ゆっくりとニズムへ向き直る。
その目は——完全に変わっている。
測る目ではない。
欲する目だ。
「量は、どれほどある」
直球。
ニズムは、わずかに間を置く。
だが——今度は逃げない。
「現状でも供給可能」
一拍。
「継続すれば、増やせる」
さらに続ける。
「採取方法は確立済み」
「運搬も問題ない」
「距離はあるが——時間で解決できる」
言葉が繋がる。
止まらない。
王の口角が、わずかに上がる。
「そうか」
短く。
——国家資源だ。
王は告げる。
「条件を提示する」
空気が締まる。
「まず——今回だ」
「規格武具を渡す」
「数を優先する」
「即時にだ」
一拍。
「そして——」
声が低くなる。
「この“オーガ鉱石”と“オーガの恵み”」
「研究対象とする」
ざわめき。
だが、止めない。
「性質が解明されれば——」
「強度を飛躍的に向上させた武具の製造が可能になる」
一歩。
「その時は」
「我が国の技術をもって、最高の武具を提供しよう」
空気が変わる。
完全に“取引”から“提携”へ。
王は続ける。
「加えて——」
わずかに間。
「そなたらの“王”と呼ぶ者に、会いたい」
静か。
だが——重い。
「こちらから出向く」
「外交官を同行させる」
視線が交わる。
(国家交渉だ)
「継続的な供給については、その場で取り決める」
完全に、枠が変わった。
ニズムは、それを受ける。
そして——言葉を選ぶ。
今度は、より明確に。
「問題ない」
一拍。
「我らの村は——ここから一日と半分」
「移動は速い」
「案内もできる」
さらに続ける。
「三日、滞在したい」
視線を周囲へ。
「運搬の準備を整える、周りの木の伐採を許可してもらいたい」
「この素材の扱いも確認する」
「次の効率を上げるためだ」
言い切る。
王は、静かに頷く。
「よろしい」
そして振り返る。
「全職人に告げよ」
空気が爆ぜる。
「通常作業は停止」
「規格武具の量産を最優先」
「並行して——研究班を編成」
爆発。
「割合を変えろ!」
「温度記録を残せ!」
「これは合金じゃない、媒介反応だ!」
「冷却速度で性質が変わるぞ!」
止まらない。
誰も止めない。
その中心で——
王は、再びニズムを見る。
「滞在は認める」
「道具も木材も、好きに使え」
一拍。
「その間に——準備を整えよ」
ニズムは、頷く。
「我々も整える」
短く。
だが——十分。
炉は燃え続ける。
赤と白が揺れる。
その奥で——
王は、小さく呟いた。
「……足りん」
——もっと必要だ。
——もっと寄越せ。
その確信だけが、静かに、確実に広がっていた。




