王と王
オーガたちは、斬り倒した木を編み込み、籠を作っていた。
枝を折り、削り、しならせる。
太い骨格に見合わぬ繊細さで、隙間なく組み上げていく。
三日。
その短い約束の中で——ドワーフたちは武具を仕上げた。
それは異常な速度だった。
炉は昼夜を問わず燃え続ける。
槌は止まらず、だれも文句は言わない。
記録が積み上がる。
同時に、規格武具が量産される。
剣。
槍。
簡素な鉄鎧。
質より数。
だが——それでも十分に“強い”。
そして、約束の日。
籠は武具で満ちていた。
鉄の匂い。
油の匂い。
熱の残滓。
それらを——オーガたちは背負う。
その数、十体。
だが増えたわけではない。
入れ替わり。
運搬に適した個体が前へ出て、
役目を終えた個体が下がる。
誰も説明しない。
誰も確認しない。
ただ——機能している。
それだけが共有されている。
籠が持ち上がる。
重いはずの鉄。
だが——沈まない。
筋肉が軋むこともなく、
呼吸も乱れない。
負荷として成立していない。
さらに——樽。
“オーガの恵み”。
灰色の塊。
それもまた、同じように担がれる。
準備は、終わる。
ニズムが一度だけ振り返る。
視線が、王宮の奥へ向く。
「……行く」
短い。
だが——以前とは違う。
全体へ向けた言葉。
合図。
全員が同時に動く。
そして——
森へと消えた。
同時に、もう一つの流れが動いていた。
ドワーフ王、自らの訪問。
護衛。
外交官。
記録官。
一団が編成される。
出発。
岩の道。
山道。
重い足取り。
ドワーフの歩みは、安定している。
だが——速くはない。
地図が広げられる。
紙ではない。
石板に刻まれたもの。
距離。
標高。
経路。
外交官が指でなぞる。
「……通常であれば、二週間弱」
誰も否定しない。
ドワーフの速度。
荷の重さ。
安全を考慮した進行。
それが“標準”だった。
だが——
現実は違った。
オーガが先導する。
道を選ぶ。
迷わない。
そして——速い。
異常なほどに速い。
登る。
降りる。
跳ぶ。
躊躇がない。
さらに——補助。
重い荷を一部引き受ける。
遅れた者を支える。
ドワーフたちは気づく。
(歩いているのではない)
(運ばれている)
速度が上がる。
休憩が減る。
疲労はある。
だが——崩れない。
結果。
到達。
一週間。
ほぼ半分。
地図が、意味を失う。
外交官が呟く。
「……種が違う」
誰も否定しない。
そして——
ドワーフ王一行は、それを見る。
村。
木造の建物。
整った配置。
囲いはない。
壁もない。
自然に開かれている。
その時点で——違和感。
オーガの“巣”ではない。
生活の痕跡。
秩序。
(文明だ)
一瞬、安堵が走る。
(まだ交渉できる)
だが——
次の瞬間、それは崩れる。
音。
号令。
「——合わせろ」
低い声。
オーガたちが動く。
一斉に。
足並み。
間合い。
呼吸。
揃う。
槍が振られる。
盾が構えられる。
組手。
崩し。
受け。
返し。
無駄がない。
これは——
訓練だ。
生活ではない。
軍だ。
村の中に、軍がある。
ドワーフたちの表情が変わる。
(統率されている)
(しかも、練度が高い)
理解が、遅れて追いつく。
ニズムが前に出る。
振り返らない。
「……こちらにございます。」
それだけ言う。
だが——十分。
案内が始まる。
中心。
一回り大きい建物。
木造。見た目は悪い。
だが密度が違う。
柱が太い。
組み荒いが深い。
中へ入る。
空気が変わる。
静か。
重い。
奥。
一段高い場所。
そこに——
いる。
オーガの王。
そして、その対面。
同じ高さ。
座が用意されている。
意図的だ。
上下がない。
対等。
ドワーフ王は迷わない。
進む。
座る。
獣皮。
あぐら。
向かい合う。
距離だけがある。
沈黙。
やがて——
ドワーフ王が息を吐く。
「…豪胆だな」
正直な感想。
評価でもある。
オーガの王は答える。
「……ああ」
短い。
だが——揺れない。
空気が締まる。
ドワーフ王は続ける。
「オーガの王よ」
一拍。
「我々ドワーフ国は不可侵条約を提案する」
ニズムが動く。
一歩前へ。
今度は、迷わない。
言葉を選ばない。
「条件は三つ」
はっきりと。
場が静まる。
「武具の供給」
「技術の共有」
「継続的な取引」
区切る。
理解させる。
「対価として」
視線を動かす。
ドワーフへ。
王へ。
「ドワーフ国の周辺の魔物討伐」
「“オーガの恵み”の提供」
「鉱石採掘と運搬の援助」
言い切る。
以前とは違う。
文章になっている。
構造がある。
ドワーフ側が反応する。
(通じている)
条約書が出される。
羊皮紙。
インク。
ニズムが受け取る。
目を通す。
遅くない。
確認している。
理解している。
そして——署名。
返す。
ドワーフ王が頷く。
成立。
拍手。
遅れて。
だが——すぐ止む。
沈黙。
その中で——
オーガの王が口を開く。
「……おまえは、だれだ」
空気が凍る。
一瞬。
完全な静止。
ドワーフたちの顔が強張る。
外交官が息を止める。
護衛がわずかに構える。
だが——
ニズムは動じない。
一歩、前へ。
今度は、間を置かない。
はっきりと。
名を出す。
「ヴォイド様、こちらドワーフ国の王 ドヴェルグ様にございます。」




