贖罪
カルトマイコン。
宗教国家。
巨大な白壁。
祈りの国。
鐘の音と聖歌で満ちていたはずのその国は——今。
静かだった。
重い。
誰もが空を見ない。
誰もが声を潜める。
通りには紙が貼られていた。
行方不明者。
戦死確認待ち。
帰還者一覧。
そこに並ぶ名前。
聖十三字軍。
地方騎士団。
傭兵。
冒険者。
私兵。
誰もが知る名が、
黒い文字で並んでいる。
民衆は理解し始めていた。
これは遠征ではない。
敗戦だ。
―――
大神殿前。
石畳。
広場。
そこに、
捕縛から解放された聖十三字軍。
負傷兵。
S級冒険者。
聖女。
そして。
オーガ達。
周囲には民衆。
恐怖。
怒号。
泣き声。
だが、
誰も近づけない。
オーガ兵百。
静かに立つ。
武器は持っている。
だが抜いていない。
その中央。
一本角。
リナイズ。
静かに立っている。
その前へ。
一人の女騎士が進み出た。
銀鎧。
長剣。
疲弊した顔。
だが、
目だけは死んでいない。
女騎士オーレナイ。
彼女はゆっくりと歩き。
リナイズの前で。
膝をついた。
周囲がざわめく。
騎士が。
頭を下げた。
しかも相手は。
オーガ。
オーレナイは静かに口を開く。
「……此度の件」
「私は全権を持つ者ではありません」
「ですが」
「カルトマイコンの騎士として」
「そして、この国に生きる者として」
「謝罪します」
「捕虜への配慮」
「負傷者への処置」
「遺骸の返還」
「ここまでの護送」
「感謝いたします」
広場が静まり返る。
リナイズは少しだけ目を細めた。
「……久しいな」
オーレナイが顔を上げる。
「覚えていてくださったのですね」
「ダークエルフの時か」
「あの時のお前は」
「今よりずっと若かった」
オーレナイは苦く笑う。
「ええ」
「……あの時は、正義だけで世界が救えると思っていました」
「だが違った」
「私は、多くを見誤った」
「そして今回も」
「止められなかった」
沈黙。
リナイズはしばらく彼女を見つめ。
そして口を開く。
「……お前は止めようとしていた」
「少なくとも」
「考えていた」
「それだけで、他の連中よりは話になる」
周囲の空気が少し変わる。
恐怖だけだった場所に。
“会話”が生まれた。
―――
その後。
大神殿前。
民衆が集められる。
兵士。
神官。
市民。
遺族。
誰もが疲弊していた。
その中央。
オーレナイが立つ。
拡声魔法具を受け取り。
静かに口を開いた。
「……皆」
「聞いてほしい」
ざわめき。
泣き声。
怒号。
それでも彼女は続けた。
「まず」
「今回の遠征は失敗した」
「これは事実です」
空気が凍る。
だが、
オーレナイは止まらない。
「聖十三字軍は壊滅的損害を受けました」
「S級冒険者も戦闘不能」
「多数の死傷者」
「行方不明者」
「そして」
「国家間問題が発生しています」
民衆の顔が歪む。
だが、
彼女は逃げない。
「三日以内に」
「生存者」
「戦死者」
「行方不明者」
「全てを整理し」
「公開します」
「隠しません」
「誤魔化しません」
「今までのように」
「誰か一人が決め」
「皆が盲目的に従う」
「そんな形を、私は危険だと思っている」
広場が静まり返る。
「考えてください」
「怒ってください」
「悲しんでください」
「疑ってください」
「自分の意思を持ってください」
「国とは」
「教会とは」
「正義とは」
「誰か一人が与えるものではない」
「そこに生きる皆で共有するものです」
涙を流す者がいた。
顔を伏せる者もいた。
―――
その時。
ざわめき。
道が開く。
聖女。
現れる。
泥の跡。
血。
疲弊。
以前の神々しさはない。
だが。
彼女は歩いた。
自分の足で。
民衆の前へ。
そして。
静かに頭を下げた。
誰も声を出せない。
聖女はゆっくりと口を開く。
「……皆さん」
声が震えている。
だが、
逃げなかった。
「今」
「私は」
「神の力を封じられております」
ざわめき。
「奇跡は使えません」
「皆さんを癒すことも」
「祝福することも」
「できません」
「私は今回」
「オーガの国へ向かいました」
「そこで、知りました」
「私は何も知らなかったのだと」
「恐怖も」
「怒りも」
「悲しみも」
「ただ、魔族だからという理由で」
「理解した気になっていた」
聖女の目に涙が浮かぶ。
「ですが」
「彼らにも」
「国がありました」
「民がいました」
「子どもがいました」
「守るべき生活がありました」
誰も動かない。
「私は」
「神の代弁者である前に」
「人であらねばならなかった」
「人を救いたいと願うなら」
「まず、人を見なければならなかった」
彼女は深く息を吸う。
「今は」
「苦しい時です」
「怒りもあるでしょう」
「憎しみもあるでしょう」
「ですが」
「ここで互いを責め続ければ」
「この国は壊れます」
「だから」
「今は耐えましょう」
「団結しましょう」
「一緒に考えましょう」
「神の奇跡ではなく」
「私達自身の手で」
「この国を立て直しましょう」
沈黙。
そして。
パン。
一つ。
拍手。
オーガ兵だった。
続いて。
また一つ。
また一つ。
オーガ達が静かに手を叩く。
嘲笑ではない。
敬意。
民衆が顔を上げる。
誰かが膝をつく。
祈る。
また一人。
また一人。
やがて。
広場全体が祈りに包まれていった。




