元老院
大神殿。
白亜の石柱。
天井へ届くほど巨大なアーチ。
神を称えるためだけに築かれた空間。
だが今。
その荘厳さは。
むしろ、この場の惨状を際立たせていた。
中央には。
泥と血に汚れた聖女。
拘束されたS級冒険者。
疲弊し切った兵士達。
重篤な冒険者や兵士達は、
治療院に運ばれた。
そして。
角を持つ魔族。
オーガ達が立っていた。
空気は最悪だった。
怒号。
罵声。
すすり泣き。
しかし。
それ以上に、この場を支配していたのは。
“沈黙”。
誰もが理解していた。
負けた。
完全に。
それを。
誰も口にできないだけだった。
―――
大神殿最上段。
半円状に並ぶ席。
宗教国家カルトマイコン。
最高意思決定機関。
元老院。
豪奢な法衣。
金糸。
宝石。
積み重ねられた権威。
だが。
その老人達の顔には。
焦燥が滲んでいた。
その中央。
一本角のリナイズ。
二本角のディスナイズ。
三本角のニズム。
ヴォイド国“三智将”。
彼らだけが立っている。
武器はない。
だが。
この場の誰よりも。
“支配していた”。
―――
「まず確認したい」
リナイズが静かに口を開く。
「今回の侵攻は、宗教国家カルトマイコンによる正式な軍事行動で間違いないか」
元老院の一人。
白髭の老人が杖を鳴らした。
「違う」
即答だった。
「これは聖女及び十三字軍、一部冒険者による暴走だ」
ざわり。
後方の兵士達の顔が強張る。
聖女は虚ろな目のまま動かない。
だが。
拘束されたS級冒険者チシャだけが顔を上げた。
「……は?」
思わず漏れた声。
老人は続ける。
「元老院は許可していない」
「故に敗戦ではない」
「賠償も土地譲渡も存在しない」
「そちらは捕虜返還をおこない、速やかに立ち去るべきだ」
沈黙。
数秒。
ディスナイズが。
笑った。
「なるほど」
静かに。
穏やかに。
だが。
その眼だけは笑っていなかった。
「つまり」
「五千の兵」
「聖十三字軍」
「聖女」
「S級冒険者」
「それだけの戦力が」
「国家許可なく越境侵攻したと?」
元老院。
沈黙。
別の老人が口を開く。
「若者の暴走は時にある」
「特に聖女は民衆人気が高い」
「止めきれなかった」
その瞬間。
後方の兵士達の空気が変わった。
怒り。
絶望。
理解。
切り捨てられた。
今。
この場で。
―――
ニズムが一歩前へ出る。
「では確認します」
懐から紙束を取り出す。
「侵攻前、貴国は周辺国家へ檄文を送っています」
「“オーガ討伐”」
「“魔族領浄化”」
「“聖戦認可”」
「これは元老院印では?」
老人達の顔色が変わる。
「そ、それは……!」
「宗教的檄文だ!」
「軍事命令ではない!」
ニズムは静かに頷く。
「なるほど」
「では次」
さらに紙を置く。
「軍需物資搬出記録」
「食糧」
「聖銀」
「回復薬」
「攻城器具」
「全て元老院承認印付きです」
空気が変わる。
ざわ。
ざわざわ。
周囲の司祭達が騒ぎ始める。
元老院の老人が怒鳴った。
「黙れ!!」
だが。
もう止まらない。
―――
リナイズが静かに告げる。
「貴国は」
「正式国家承認されたヴォイド国へ侵攻した」
「これは国際問題です」
「ルインズ王国」
「ドワーフ国」
「エルフ領」
「既に全てへ通達済みです」
その言葉。
元老院が凍りついた。
「な……」
「通達しただと……?」
「当然です」
ディスナイズが返す。
「国家間戦争ですので」
絶句。
それは。
宗教国家カルトマイコンにとって。
最悪の一手だった。
なぜなら。
“内輪で揉み消せない”。
外へ出た。
しかも。
国家承認済みの相手へ。
無断侵攻した事実が。
―――
元老院の一人が机を叩く。
「魔族の言葉など誰が信じる!!」
その瞬間。
後方から声が響いた。
「……信じるさ」
全員が振り返る。
兵士だった。
片腕を失った。
顔面を包帯で覆われた兵。
「俺達は……命令で行った……」
「聖戦だって……」
「国が認めたって……」
「なのに……」
震える声。
「負けたら……捨てるのかよ……」
空気が割れた。
次々と声が上がる。
「俺も聞いた!!」
「侵攻命令だった!!」
「聖女様もいた!!」
「軍団長もいたんだぞ!!」
「暴走なわけあるか!!」
怒号。
矛先が。
元老院へ向く。
民衆もざわめき始める。
空気が変わった。
まずい。
元老院も理解した。
これは。
外交問題ではない。
“国内崩壊”だ。
―――
そこへ。
ニズムが静かに告げる。
「我々は別に」
「貴国を滅ぼしに来たわけではありません」
全員が彼を見る。
「要求は三つ」
指を立てる。
「一つ」
「ヴォイド国への正式謝罪」
「二つ」
「不可侵条約締結」
「三つ」
「国境及び交易路確定」
静かだった。
だが。
逃げ道はない。
法律。
外交。
国家承認。
全て。
理詰めだった。
―――
元老院。
苦虫を噛み潰した顔。
「……拒否した場合は」
リナイズが答える。
「周辺国家へ正式抗議」
「侵略国家認定」
「交易停止要請」
「国際会議招集」
「加えて」
一拍。
「今回の生存者証言提出」
完全に。
詰みだった。
―――
沈黙。
長い沈黙。
誰も動けない。
その時。
後方。
ぼそりと。
聖女が呟いた。
「……やめて……」
誰も反応しない。
「もう……やめて……」
涙。
泥。
血。
「もう……誰も死なせないで……」
その声は。
あまりにも小さかった。
だが。
その場の空気を。
一瞬だけ。
止めた。
―――
元老院は顔を歪める。
彼らは理解していた。
もう。
以前のようには戻らない。
聖女は壊れた。
十三字軍は壊滅。
S級冒険者は捕縛。
兵士達は不信を抱いた。
民衆は見た。
“敗北”を。
そして。
魔族側は。
強かっただけではない。
理性があった。
秩序があった。
国家だった。
そこが。
何より最悪だった。
―――
ディスナイズが最後に言う。
「返答は三日以内に」
「なお」
「こちらはまだ」
「ヴォイド陛下が来ていません」
元老院。
凍る。
「……来ていない?」
「はい」
三智将。
静かに笑う。
「王は」
「まだ国で政務中です」
沈黙。
絶望的な沈黙。
五千を壊滅させた戦争。
その中心人物が。
まだ。
“本格的に前線へ出ていない”。
それを理解した瞬間。
大神殿にいた誰もが。
初めて。
本当の恐怖を知った。
子どもの時のなりたい職業に「げんろういん」と書いていた




