敗着
帰路。
来る時は五日。
だが——
帰りは違った。
遅い。
あまりにも。
負傷者。
捕虜。
遺骸。
そのすべてを抱えて進む行軍は、
侵攻ではなく、
まるで“葬列”だった。
森を抜ける。
山を越える。
だが、
進む速度は鈍い。
人間兵達は後ろ手に縛られ、
武装を剥がされ、
俯きながら歩かされていた。
周囲。
百体のオーガ兵。
完全武装。
だが、
誰一人として捕虜を殴らない。
怒鳴らない。
必要以上に近づかない。
ただ、
規律正しく囲み、
進む。
その異様さが、
逆に恐怖だった。
遺骸も同じだった。
形の残っているものは、
木箱に収められる。
名も分からぬ部位は、
大箱に集められ、
分けて運ばれた。
雑ではない。
だが、
淡々としている。
まるで戦場処理。
感情より、
作業。
それが余計に、
人間達の心を削った。
途中。
何人かの兵が息絶えた。
苦痛。
感染。
出血。
限界だった。
オーガ兵は立ち止まり、
静かに箱へ収める。
誰も祈らない。
誰も泣かない。
ただ、
進む。
その光景に、
捕虜達は理解し始める。
——こいつらは、
魔物ではない。
“軍”だ。
―――
十日目。
遠く。
白い巨大城壁が見えた。
カルトマイコン。
宗教国家。
聖女の国。
だが、
近づくにつれ、
空気が変わる。
壁の上。
兵。
司祭。
弓兵。
魔法兵。
大量。
観測員から情報は届いていた。
聖十三字軍壊滅。
聖女捕縛。
S級冒険者敗北。
誰も信じられなかった。
だが。
今。
現実が歩いてくる。
門前。
停止。
オーガ達は整列する。
門は——開かれない。
上から怒号。
「止まれ!!」
「これ以上の接近を許さぬ!!」
「不当に捕縛した者達を解放し、
即刻立ち去れ!!」
「オーガの国など、
カルトマイコンは認めぬ!!」
緊張。
空気が張る。
人間兵達が震える。
だが。
二本角。
ディスナイズが、
静かにニズムを見る。
ニズムが前へ出る。
そして——
息を吸った。
次の瞬間。
大気が震える。
「我々、
ヴォイド国は!」
腹の底から響く声。
城壁全体へ叩きつけられる。
「ルインズ王国!
ドワーフ国!
エルフ領より!」
「国家として承認を受けた!」
ざわめき。
城壁上が揺れる。
ニズムは続ける。
「国家とは!」
「永続的住民!」
「明確な領土!」
「統治機構!」
「外交能力!」
「実効支配!」
「それらを有する存在である!」
「そして我々は、
その全てを満たしている!」
沈黙。
圧倒される。
言葉ではない。
“理屈”だった。
魔物が、
法律を語っている。
その異常さに、
誰も反応できない。
ニズムが続ける。
「その国家へ、
貴国は進軍した」
「我々は侵略を受けた側である」
「ゆえにこれは返還であり、
警告であり、
通達である」
「なお——」
一拍。
「我々は既に勝利している」
空気が止まる。
「侵攻目的ならば、
この数では来ない」
完全な事実。
だからこそ、
重い。
城壁上の兵士達が、
息を呑む。
もし。
もし本当に、
この百体が暴れたら。
門が開いた瞬間、
市街は地獄になる。
誰もが理解していた。
長い沈黙。
やがて——
門が開く。
重い音。
巨大扉が、
ゆっくり左右へ開いていく。
その瞬間。
街の人々が見えた。
群衆。
民衆。
信徒。
遺族。
全員が、
帰還者を見ていた。
最初。
歓声が上がる。
「聖女様だ!」
「帰ってきた!」
「生きてた!」
涙を流す者もいた。
だが。
列が進む。
その姿が見え始める。
歓声が、
止まる。
聖女。
泥。
血。
拘束。
虚ろな目。
S級冒険者。
担架の上で寝続けるコーゲン。
満身創痍。
十三字軍。
半壊。
そして。
後方。
大量の捕虜。
棺。
木箱。
そこで、
理解される。
——負けた。
完全に。
空気が変わる。
ざわめき。
怒り。
悲鳴。
「息子はどこだ!!」
「夫を返せ!!」
「なんで負けた!!」
「聖女じゃなかったのか!!」
「なぜ攻めた!!」
叫び。
罵声。
石が飛ぶ。
聖十三字軍の生き残りが、
顔を伏せる。
聖女の肩が震える。
昔を思い出す。
凱旋。
歓声。
花。
祈り。
パレード。
民衆の笑顔。
だが今は違う。
誰も笑わない。
誰も祈らない。
あるのは、
失望。
憎悪。
恐怖。
聖女は俯く。
見れない。
耐えられない。
そして理解する。
——負けたのだ。
戦いだけではない。
信頼も。
威光も。
神聖も。
全部。
折れた。
そのまま。
列は進む。
中央大神殿へ。
オーガ達は、
静かに歩く。
誰一人、
誇示しない。
誰一人、
叫ばない。
ただ、
敗戦国の中心を、
勝者として進んでいく。
その光景を。
街中の誰もが、
生涯忘れなかった。




