戦明けて
森の奥。
静かだった。
つい先ほどまで、
叫びと鉄の音、
骨の砕ける音、
爆裂魔法の轟音が響いていたとは思えないほど。
焦げた土。
折れた木。
血の臭い。
その中を、
ヴォイドが歩く。
ゆっくりと。
その肩には、
先ほどまで暴れ回っていたコーゲンが担がれていた。
片腕がぶら下がり、
頭が揺れる。
生きているのか、
死んでいるのか、
見ただけでは分からない。
その前に、
ナイザーとメントが立つ。
「………そっちはどうだった」
ヴォイドが聞く。
メントが肩を回しながら答える。
「終わったな。剣士の方はダメだった」
ナイザーも続ける。
「一人に対して耐えられる量じゃない。
ありゃ潰れる」
ヴォイドは小さく頷く。
「そうか」
そのまま、肩のコーゲンを二人へ渡す。
ナイザーが受け取り、
顔を覗き込む。
「……ん?」
眉が寄る。
「ヴォイド様。
こいつ息してないぞ?」
ヴォイドが見る。
「……さっきまでしてた」
「いや、でもこれ——」
その瞬間。
「……っ、すぅ……」
コーゲンの胸が上下する。
浅い呼吸。
それが段々と深くなる。
「ぐぉぉぉ……」
長い寝息。
ナイザーとメントが無言になる。
ヴォイドも少し黙る。
そして。
「……寝てるだけか」
真顔で言った。
メントが吹き出す。
「ははっ、なんだそりゃ」
ナイザーも呆れたように笑う。
「心臓止まったかと思ったぞ」
ヴォイドはもう興味を失ったように視線を外す。
「後頼む」
「了解」
メントがコーゲンを担ぎ直した。
その時。
森の奥から、
複数の足音。
五武人が現れる。
先頭はメタ。
その後ろに、
ノイド、
クロル、
ガンジー、
クライム。
鎧には血。
だが、
誰も致命傷は負っていない。
「……終わったか」
ヴォイドが聞く。
メタが答える。
「概ね」
クライムが報告を続ける。
「魔法使いは生存。
捕縛済み」
「耳長の弓使いもいた。
エルフの国の奴とは違う個体だ」
「そっちも生きてる」
「人間兵士も何人か確保した。
動けそうなのは縛ってる」
「無理そうなのは分けた」
その言葉に、
ヴォイドが少しだけ視線を上げる。
「……そうか」
そこへさらに。
高台から、
三つの影が降りてくる。
三智将。
土煙を上げながら着地。
そのまま膝をつき、
報告を始める。
「戦況、
完全にこちらの勝利です」
「逃走した兵も処理済み」
「外周に観察兵と思われる者達はいますが、
こちらへ近づく様子は無し」
「監視継続中です」
ヴォイドが頷く。
「被害は軽微」
「投石隊に数名負傷」
「爆裂魔法で盾兵が吹き飛ばされましたが、
死者無し」
「訓練通りに後退できています」
ナイザーが笑う。
「ほんと訓練大事だな」
メントも頷く。
「あれ直撃して死なないの、
普通におかしいけどな」
そこへ、
一人のオーガ兵が走ってくる。
「報告!」
全員の視線が向く。
オーガ兵は続けた。
「重要人物と思われる女を捕縛しました!」
「周囲の負傷兵が、
“せいじょ”と呼称していました!」
一瞬。
空気が止まる。
視線が、一斉にヴォイドへ集まった。
誰も喋らない。
ヴォイドは少しだけ首を傾げる。
「……聖女」
考える。
短く。
とても短く。
そして。
「……帰してあげるか」
その言葉に、
周囲のオーガ達が顔を見合わせる。
困惑。
疑問。
理解。
その途中で。
三智将の一人が、ふっと笑った。
「なるほど」
「では、“お土産”を付けて
元の場所へお返ししましょう」
その瞬間。
周囲の空気が変わる。
オーガ兵達が一気に納得の表情になる。
「ああ……」
「そういうことか」
「確かに」
ナイザーが笑う。
「怖ぇ〜」
メントも肩を竦めた。
「でも効果あるな」
ヴォイドは首を傾げたまま。
「……任せた」
三智将が頭を下げる。
「了解しました」
その間にも、
周囲ではオーガ兵達が動き続けていた。
「そいつ止血!」
「まだ生きてる!」
「武器回収しろ!」
「オーガ鋼拾っとけ!」
「外周確認!」
誰も浮かれていない。
勝利に酔っていない。
ただ。
次へ向けて動いている。
ヴォイドはその様子を見ながら、
静かに森の奥を見る。
人間はまた来る。
もっと大きな軍かもしれない。
もっと強い何かかもしれない。
だが。
それでも。
守るべきものがある。
村。
仲間。
国。
ヴォイドはゆっくりと歩き出す。
その背中を、
不可視の目玉が観ていた。
この場面で描写している「いびき」のような呼吸は、作者の実体験がもとになっています。
あるクリスマスの日、自宅近くで交通事故が発生しました。飲酒運転のオートバイが乗用車に衝突し、私は応急処置をしようと駆け寄りました。
最初は呼吸が止まっているように見えましたが、しばらくすると「ガーッ」という、いびきをかき始めたのです。当時は驚きましたが、後になって、これは重傷者や意識障害のある人に見られることがある異常な呼吸だと知りました。
その後、到着した救急隊へ引き継ぎましたが、この出来事は今でも強く印象に残っています。
飲酒運転は、自分だけでなく周囲の人の人生まで大きく狂わせる危険な行為です。
飲酒運転、ダメ、絶対。




