神の代行者
小説の補助メニューの段落の一字下げというのを使用してみました。(押しちゃった)
見やすい、見にくいありましたら教えていただけるとありがたいです。
聖女は、泥の中に倒れていた。
白だった法衣は、もう白ではない。
血。
泥。
草。
踏み荒らされた地面。
そこに叩き落されたまま、彼女は震えていた。
耳鳴りがする。
何が起きたのか、理解できない。
理解したくない。
ほんの数分前まで。
自分たちは“勝つ側”だった。
神に選ばれた聖十三字軍。
人類の希望。
聖なる遠征。
悪しき魔族を討ち滅ぼすための進軍。
そのはずだった。
なのに。
視界に映るのは。
折れた旗。
砕けた鎧。
動かない兵士。
潰れた頭。
血を吐きながら呻く者。
そして。
聞こえる。
声が。
「た、助け……」
「聖女、様……」
「足が……」
「痛い……」
「回復を……」
「お、おれの腕……どこ……」
びくり、と聖女の肩が震える。
見てはいけない。
そう思った。
だが。
見えてしまう。
地面を這う兵士たち。
脚を引きずる者。
腹を押さえる者。
片腕だけで進む者。
血の跡を引きながら。
こちらへ。
こちらへ。
こちらへ。
集まってくる。
まるで。
死者の群れ。
いや。
死者ではない。
生きている。
だからこそ恐ろしい。
オーガ達は、殺し切っていなかった。
槍は急所を外している。
剣は“生き残る位置”を裂いている。
骨を砕き。
腱を断ち。
だが即死だけは避けている。
戦場に残るのは。
死体ではない。
“助けを求める負傷兵”だった。
それがどれほど兵士の心を折るか。
どれほど指揮系統を壊すか。
理解した上で。
やっている。
だが聖女には分からない。
ただ。
自分に向かって。
無数の兵士が縋ってきている。
それだけが理解できた。
「聖女様……!」
一人の兵士が足を掴む。
顔半分が潰れていた。
涙と血が混ざっている。
「たすけ……」
聖女が後ずさる。
声が震える。
「い、嫌……」
だが。
別の手。
さらに別の手。
泥の中から。
血まみれの指が。
彼女の法衣を掴む。
「回復を……」
「神の奇跡を……」
「聖女様……!」
呼吸が浅くなる。
「ああ、あああ……」
視界が揺れる。
神の加護。
聖なる使命。
人類の救済。
そんな言葉が頭をよぎる。
だが。
無理だ。
多すぎる。
怖い。
近い。
臭い。
血の臭い。
臓物の臭い。
焦げた肉の臭い。
そして。
兵士達の目。
助けを求める目。
恨むような目。
すがる目。
それが。
聖女には。
怪物に見えた。
「いや……」
「いやあああああっ!!」
叫ぶ。
しかし。
誰も止まらない。
兵士たちは這う。
生きたいから。
助かりたいから。
聖女に。
神に。
縋るしかないから。
その光景は。
もはや戦場ではなかった。
地獄だった。
人が人に群がる。
血と泥の海。
呻き声。
泣き声。
助けを求める声。
それが全方向から響く。
聖女の精神が、軋む。
「ひっ……」
そして。
遠く。
逃げ出した兵士が見えた。
武器も捨て。
森へ向かって走る。
助かった。
そう思った瞬間。
その兵士の頭が。
突然。
横に弾け飛んだ。
音が遅れて届く。
重い投石。
オーガ鉱石。
森の外周。
見えない位置。
そこにも。
配置されている。
逃げ場など。
最初からなかった。
聖女の喉が引き攣る。
理解してしまった。
これは。
討伐ではない。
戦争ですらない。
狩りだ。
自分たちは。
迎え入れられた。
そして。
壊されている。
計画的に。
丁寧に。
順番に。
「あ……あ……」
泡が漏れる。
膝が崩れる。
祈ろうとした。
神に。
だが。
言葉が出ない。
頭の中に響くのは。
助けてくれ。
回復を。
助けて。
痛い。
死にたくない。
苦しい。
助けて。
助けて。
そんな声だけ。
限界だった。
歯が嚙み合わない。
聖女の目から光が消える。
そのまま。
泥の中へ崩れ落ちた。
気絶。
戦場の中心で。
神の代行者は。
ただの少女として壊れた。
―――
静かだった。
先ほどまでの悲鳴が嘘のように。
五つの影が立っている。
メタ。
ノイド。
クロル。
ガンジー。
クライム。
槍を回し。
血を払う。
周囲には。
聖女守護隊の死体。
いや。
死体だけではない。
まだ生きている者もいる。
呻いている。
腕を失い。
脚を失い。
だが生きている。
ガンジーが周囲を見渡す。
「終わりか」
「いや、まだ何人か生きてる」
ノイドが答える。
クライムがしゃがみ込み。
倒れているオーガ兵を見る。
「こっちは矢が刺さってる。治療班呼べ」
「はいよ」
クロルが後方へ手を振る。
すぐにオーガ兵達が動き出す。
統率されている。
慌てる様子はない。
まるで。
作業だ。
メタが人間兵を見る。
「こいつらは?」
「武器剥がして捕縛」
「無理そうなのは?」
「まとめとけ」
淡々としている。
そこに憎悪はない。
処理。
それだけ。
ノイドが聖女を見る。
泥の中。
泡を吹いて倒れている。
「こいつは?」
「重要人物らしいな」
「弱そう」
「いや、使える」
クライムが答える。
「丁重に捕縛しとけ。外交になる」
「了解」
その瞬間。
前方。
森の奥。
爆音。
地面が揺れる。
空気が震える。
爆裂魔法。
五人が同時に視線を向ける。
「……奥側か?」
「だろうな」
「行くぞ」
メタが槍を担ぐ。
「残りは任せた」
周囲のオーガ兵達が頷く。
五武人はそのまま歩き出す。
焦りはない。
走らない。
すでに戦場の主導権が、自分たちにあると理解しているからだ。
彼らの背後で。
兵士達の呻き声だけが。
いつまでも。
森に響いていた。




