剣士
分断地点。
木壁。
狭路。
血の臭い。
叫び。
遠くで響く投石音。
聖十三字軍の進軍は、すでに“戦列”ではなくなっていた。
隊は切り分けられ。
導線は奪われ。
誰も全体を把握できていない。
それでも。
S級冒険者コースイは、生きていた。
―――
「……っ」
足を止める。
視線を巡らせる。
後方。
消えている。
さっきまであった通路がない。
壁。
木造。
だが厚い。
それはただ立てられた障害物ではない。
“動く防壁”だ。
押し込み。
差し込み。
噛み合わせ。
森そのものが変形している。
「罠か……!」
コースイは舌打ちする。
だが。
混乱は短い。
すぐに切り替える。
歴戦。
幾百。
死地を超えてきた。
混乱で死ぬのは二流。
情報を整理し、最適解を探すのが一流。
コースイは剣を構えた。
右手に細剣。
左腕に小盾。
その裏側。
指の隙間に仕込まれているのは――閃光玉。
高位迷宮産。
視界破壊用。
人間相手なら戦況をひっくり返せる代物。
「……まだ終わってねえ」
呟く。
視線の先。
二体。
オーガ。
ナイザー。
メント。
槍を構えている。
重装。
以前遭遇した時より、明らかに装備が洗練されている。
ドワーフ技術。
そして――統率。
「……強いな」
コースイは理解する。
正面からでも危険。
だが。
絶望ではない。
一対一なら勝てる。
そういう確信がある。
支援魔法もある。
聖女の加護も乗っている。
さらに。
声が届く距離。
つまり。
時間を稼げば援護も来る。
ならば。
ここで必要なのは――
“崩し”
二体同時を避けること。
コースイの頭の中で戦術が組み上がる。
まず挑発。
オーガの本能。
誇り。
力への執着。
そこを刺激する。
一体を前に出させる。
倒す。
もう一体には閃光玉。
視界を奪う。
その隙に防壁を突破。
後続と合流。
戦線を立て直す。
完璧ではない。
だが現実的。
そして。
自分ならやれる。
そういう自負があった。
―――
コースイが口を開く。
「……へえ」
軽く笑う。
「最近のオーガは鎧を着るのか」
返答はない。
「どうした?
その槍、飾りか?」
ナイザーの目が細くなる。
コースイは続けた。
「二体で囲ってやっと一人止められる程度か?
情けねえな」
一歩。
踏み込む。
「昔のオーガはもっと誇り高かったぜ。
強い奴は一対一を望んだ」
剣先を向ける。
「まあ仕方ねえか。
武器も知恵も借り物。
群れなきゃ戦えねえ出来損ないだ」
沈黙。
コースイは内心で笑う。
乗った。
そう確信した。
オーガは誇り高い。
だからこそ崩せる。
人間と同じ。
感情がある。
そこを刺せばいい。
だが。
ナイザーとメントは。
顔を見合わせた。
そして。
ナイザーが小さく笑った。
「……いや」
メントも肩を揺らす。
「強い奴と戦うのは好きだ」
「憧れる」
「わかる」
一拍。
その目が冷える。
「でも」
「今はそんなんじゃないな」
―――
次の瞬間。
空気が裂けた。
「――っ!?」
上。
横。
後ろ。
黒。
飛来。
投石。
違う。
砲撃。
オーガ鉱石を丸く削った弾。
オーガ兵たちが周囲の高台から投げつけている。
数。
異常。
速度。
異常。
質量。
異常。
コースイの身体が反応する。
剣。
振る。
――弾く。
ガギィン!!
衝撃。
腕が痺れる。
だが。
その瞬間。
世界が遅くなる。
―――
感じる。
見える。
すべて。
空気。
風圧。
回転。
投石の軌道。
次弾。
次々弾。
全てが見える。
極限。
死の直前。
かつて。
冒険を始めた頃。
魔猪討伐。
仲間が死に。
自分も死にかけた。
あの瞬間。
世界が止まった感覚。
致死の直前にだけ訪れる。
超集中。
「……見える」
コースイの口角が上がる。
いける。
避けられる。
踏み込める。
ナイザーの首。
メントの腕。
斬れる。
その後。
周囲のオーガも。
突破口も。
全部。
脳裏に未来図が描かれる。
完璧な勝利。
英雄譚。
だが。
現実は。
違う。
―――
弾いた瞬間。
世界が元に戻る。
身体が。
遅い。
「……は?」
思考と肉体が噛み合わない。
理想通りに動かない。
聖女のバフ。
切れたのか。
いや違う。
最初から。
そんな動きなどできない。
感覚だけが研ぎ澄まされ。
身体性能が追いついていない。
その瞬間。
二発目。
腕。
直撃。
「っ!!」
骨。
軋む。
手首。
潰れる。
閃光玉が。
宙を舞う。
スローモーション。
ゆっくり落ちる。
見える。
その間に。
三発。
四発。
五発。
足。
腰。
肩。
耳。
背中。
衝撃。
衝撃。
衝撃。
まだ痛みは来ない。
だが理解する。
壊れている。
膝。
逆に曲がる。
視界が下がる。
尻もち。
地面。
土。
血。
さらに。
黒い弾。
迫る。
目。
頭。
―――
直撃。
―――
意識が黒く落ちた。
―――
静寂。
投石が止む。
ナイザーが槍を肩に担ぐ。
メントが倒れたコースイを見る。
「……強そうだったな」
「ああ」
「でもヴォイド様のほうが怖い」
「違いない」
二人は近づく。
コースイは動かない。
原形は残っている。
だが。
戦闘不能。
メントが後方を見る。
「おい」
周囲のオーガ兵が反応する。
「この遺骸、丁寧に箱に詰めてやれ」
「ヴォイド様が嫌がる」
「雑に扱うなよ」
「「了解」」
オーガ兵たちはすぐに動き出す。
布。
木箱。
固定具。
まるで戦友を扱うようだった。
メントが歩き出す。
「残りは後方の捕縛だな」
ナイザーも続く。
「聖女側が本命か」
「たぶんもう始まってる」
二人は振り返らない。
ただ。
村の奥へ向かう。
そこには。
ヴォイドがいる。
そして。
さらに奥。
本当の戦場が待っていた。




