至難の指南
宗教国家カルトマイコン。
中枢聖殿。
高窓から光が差し込む。
白い。
清浄。
だが——空気は重い。
奥。
壇上。
枢機卿。
ウヒシミエ=ミヒエビ。
静かに立つ。
その前に——
聖女。
ジャソス=ダラク。
純白の衣。
揺れない視線。
周囲には司祭。
教会戦士長。
沈黙が支配する。
枢機卿が口を開く。
「……聖女様」
一礼。
ゆっくりと顔を上げる。
「なぜ“今”なのか」
一拍。
「ご説明いたします」
空気が張り詰める。
「オーガ集落より負傷個体が各地へ分散」
「これは——明確な兆候です」
歩きながら語る。
「内部不和と崩壊の兆し」
視線が鋭くなる。
「彼らは“留めない”。また、傷ついた個体を内部に抱えない」
一拍。
「我々人間はどうでしょう」
周囲を見渡す。
「傷ついた者を——見捨てますか?」
誰も答えない。
だが——分かっている。
「いいえ」
「守り、抱える」
「それが“人”です」
声が強くなる。
「だが彼らは違う。強さこそが存在価値」
「弱者は排除される」
断言。
「今回の分散は——それを示しています」
一歩。
踏み込む。
「そして」
「エルフ領での動き」
「支配による解決」
一拍。
「これも同様です」
「力による統一」
「理性ではなく——支配」
静寂。
言葉が積み上がる。
「つまり、彼らは“変わっていない”」
一拍。
「野蛮な魔族です」
その断言が落ちる。
空気が固定される。
「リーダー個体」
「ヴォイド」
ゆっくりと。
「突然変異」
「絶滅寸前で生まれた例外」
「だが——本質は同じ」
一拍。
「この程度です」
静寂。
そして——
枢機卿は笑う。
「ゆえに」
手を広げる。
「好機です」
強く。
「七日」
一拍。
「七日で落とします」
ざわめき。
だが——誰も否定しない。
「冒険者へ通達」
「準備を」
「寄せ集めではない」
「我々の軍で」
声が熱を帯びる。
「内部崩壊を起こしたオーガを——討つ」
視線が聖女へ向く。
「聖女様」
深く頭を下げる。
「軍の加護を」
「どうか」
沈黙。
聖女。
ゆっくりと目を閉じる。
そして——開く。
「争いは……悲しいものです」
静かに。
「ですが」
一歩。
「人類の平和のために」
「流さねばならぬ血がある」
揺るがない。
「それを引き受けるのが——私です」
その言葉に。
空気が変わる。
確定する。
司祭たちが声を上げる。
「お任せください」
教会戦士長が拳を叩く。
「必ずや!」
「導きのままに!」
熱が広がる。
枢機卿が手を掲げる。
「では——祝福を」
祈り。
重なる声。
決定。
戦は——始まった。
——廊下。
静か。
冷たい石。
足音が響く。
聖女が歩く。
その前に——
一人。
女騎士。
オーレナイ。
立つ。
止まらない。
踏み出す。
「……聖女様」
声がかすれる。
だが——強い。
「今回の出兵」
一拍。
「反対です」
空気が止まる。
聖女は歩みを止める。
振り返る。
「……理由は」
静かに。
オーレナイが息を吸う。
「あのオーガは——異常です」
言い切る。
「私は見ました」
「戦いました」
拳が震える。
「これは戦ではない」
「地獄です」
一歩。
踏み込む。
「流れてはいけない血が流れます」
視線がぶつかる。
「……彼らとは」
一拍。
「話せます」
絞り出す。
「どうか」
「私に機会を——」
沈黙。
聖女は——
優しく微笑む。
「あなたは疲れています」
その一言。
すべてを断つ。
「休みなさい」
それだけ。
再び歩き出す。
止まらない。
オーレナイは——
動けない。
立ち尽くす。
遠ざかる背中。
白。
清浄。
完璧な正しさ。
その背を見ながら——
呟く。
「……なぜ」
声にならない。
「どうして私は……」
一拍。
「生きている」
脳裏に浮かぶ。
あの存在。
オーガ。
ヴォイド。
あの時。
なぜ。
殺されなかったのか。
なぜ。
助けられたのか。
理解できない。
理解したくない。
だが——
消えない。
「……違う」
小さく。
「これは……違う」
誰にも届かない。
だが確かに。
ズレが。
広がっていく。




