各勢力の解釈
山中。
トンネル。
静かだ。
あれほどの轟音で掘られたはずの通路は——今は、異様なほど整っている。
ヴァレリアは歩く。
足取りは重い。
身体は限界に近い。
だが——止まらない。
止まれない。
背後。
騎士たち。
満身創痍。
だが、誰一人として崩れない。
崩れられない。
その理由が——目の前にある。
壁。
支柱。
補強材。
完璧に配置された構造。
水は流れ、空気は淀まない。
「……あり得ない」
誰かが呟く。
その声は、掠れていた。
数千インフィードイル。
それを——貫いた。
しかも、この精度で。
ヴァレリアの指が、壁に触れる。
冷たい。
硬い。
現実。
(……十日も、かかっていない)
視線が、前を行くオーガの背へ向く。
一本角。
腰に下げた板。
刻まれた日数。
あれが——工程管理だと、理解している。
(計画も、設計も……全部、あった)
それでも。
理解が追いつかない。
(国家事業だ)
何十年もかかる。
予算も、資材も、調整も。
すべてが必要な規模。
それを——
「……掘っただけで、終わっていない」
別の騎士が言う。
震えている。
「補強している……維持する前提だ」
「今後も使う気だ」
言葉が、重く落ちる。
ヴァレリアの喉が鳴る。
(もう一本、掘ると言っていた)
思い出す。
軽く。
当然のように。
(……報告できるのか、これを)
信じられない。
いや——
信じてもらえない。
さらに。
思考が、別の方向へ崩れる。
(私たちは——)
拿捕された。
拘束された。
処刑寸前。
そこに——
オーガが来た。
助けられた。
同行した。
そして——
エルフの問題が“解決していた”。
意味がわからない。
因果が繋がらない。
(私は……何をしていた)
騎士としての道。
正義。
教義。
すべてが——軋む。
あの盆地。
あの存在。
あの一閃。
(違う)
今までの戦いも、判断も、価値も。
全部が——違う。
足が止まりそうになる。
だが、歩く。
前に進むしかない。
「団長……」
部下の声。
弱い。
ヴァレリアは、答えない。
答えられない。
ただ——
一歩を、踏み出す。
その度に。
何かが、内側で崩れていく。
——
聖統教国カルトマイコン・神殿。
白。
静寂。
枢機卿は、報告を受けている。
最後まで。
一言も挟まず。
聞き終える。
沈黙。
長い。
そして——
「……脅威ですね」
穏やかに。
まるで天気の話でもするように。
だが——目は冷たい。
完全に。
「問題が解決した……とは言えませんが」
指先が、ゆっくりと机を叩く。
「エルフとダークエルフが揃った」
一拍。
「それも——この短期間で」
視線が細くなる。
「本来なら」
「数十年、削り合うべきでした」
静かに。
だが確実に。
「その方が、都合が良い」
空気が、冷える。
「……山を通した」
呟く。
「物理的障壁を、消した」
一拍。
「均衡を、崩した」
その目が——わずかに歪む。
興味。
恐れではない。
「ですが」
報告書を、指で叩く。
「良い情報もあります」
顔を上げる。
微笑む。
「トンネルに——戦力を割いている」
静かに。
「つまり」
「“手が空いていない”」
一拍。
「……好機です」
その瞬間。
空気が変わる。
「ちょうど」
楽しげに。
「協力者も、増えてきたところでして」
にやりと笑う。
「少し——かき回しましょう」
指が絡む。
「知性がある」
「社会がある」
「ならば——内側から崩せる」
低く。
確信を持って。
「不和は、作れる」
その笑みは——祈りとは程遠い。
——
ルインズ王国。
王城。
重い空気。
ルインズ王は、椅子に沈んでいる。
顔色が悪い。
だが——意識ははっきりしている。
報告を聞く。
終わる。
沈黙。
「……胃が痛い」
本音が漏れる。
誰も笑わない。
笑えない。
机の上。
書類の山。
敗戦処理。
税制調整。
貴族からの抗議。
減税要求。
負傷者の補填。
地方の暴走。
ボーダイ家。
オーガを拿捕。
その後——
オーガの“長”を呼び出し。
謀殺を図り。
失敗。
当主は逃亡。
最悪の流れ。
「……どう見ても、こちらが仕掛けた形だ」
額を押さえる。
痛む。
現実が。
「オーガ側が、そう認識してもおかしくない」
一拍。
「いや——そう認識される」
確信。
そして——
今回の報告。
エルフ領。
問題解決。
「……聞いてはいた」
低く。
「だが、あれはエルフの問題だ」
歴史。
因縁。
時間でしか解けないもの。
「放っておくべき案件だった」
それが——
「なぜ、動いた」
理解できない。
したくない。
息が荒くなる。
「しかも……解決している」
意味がわからない。
「……何が起きている」
誰も答えない。
答えられない。
王は、目を閉じる。
脳裏に浮かぶ。
最近の違和感。
息子たち。
言動。
思想。
どこか——おかしい。
「……これ以上」
呟く。
かすれる声。
「問題を増やすな……」
祈りに近い。
だが——
その願いは。
どこにも届いていない。
——
同じ出来事。
同じ現実。
だが——
解釈は、三つに割れる。
崩壊。
機会。
混乱。
そして——
そのどれもが、正しく。
どれもが——外れている。
中心にいる存在だけが。
何一つ、理解していないまま。
すでに——次を見ている。




