言葉の戦場
世界樹の下。
風が——弱い。
葉が落ちる。
音もなく。
その下。
三つの種族が向き合う。
エルフ。
ダークエルフ。
オーガ。
そして——
人間。
ヴァレリア。
誰も、すぐには口を開かない。
沈黙。
だが——
張り詰めている。
先に動いたのは——
ダークエルフの長。
一歩。
前へ。
「……我らの聖域だ」
低く。
だが、揺るがない。
世界樹を見る。
「この地は——」
「“黒の魔属石”が在る場所」
一拍。
「世界樹など——後から生えた“侵入者”に過ぎん」
空気が軋む。
エルフの若者が動く。
だが——止める。
長が前に出る。
エルフの長。
静か。
だが——怒りは深い。
「……侵入者?」
一歩。
「その言葉は——そのまま返しましょう」
視線が鋭くなる。
「この森は、我らの祖が守り続けてきました」
「妖精と共に命を削りながら」
一拍。
世界樹を見上げる。
「これは——ただの木ではない」
「我らの記憶であり」
「誇りであり命そのものです」
声が、強くなる。
「あなたらは——」
「それを“根から”奪おうとしている」
沈黙。
ダークエルフの長が、鼻で笑う。
「奪う?」
首を傾げる。
「返してもらうだけだ」
一歩。
「我らは、この地から生まれた」
「“黒の魔属石”より」
指を地面へ向ける。
「貴様らが来る前から——」
「ここに在った」
目が細くなる。
「それを覆い、封じ、上に“木”を植えたのは——どちらだ」
空気が凍る。
エルフ側の一人が叫ぶ。
「違う!!」
「それは——」
言いかけて。
止まる。
言葉が、続かない。
ダークエルフの長が続ける。
「何度、戦った」
低く。
「何度、殺した」
「何度、殺された」
一拍。
「そのたびに——」
「“聖戦”と呼んだのはどちらだ」
沈黙。
重い。
逃げ場がない。
エルフの長が、歯を食いしばる。
「……あなたらが仕掛けてきた」
「我らは守っただけです」
「この森を」
「この世界樹を」
「妖精たちを」
声が震える。
だが——折れていない。
ダークエルフの長は、静かに返す。
「同じだ」
短く。
「我らも——守っている」
一拍。
「我らの“神”を」
視線がぶつかる。
どちらも——退かない。
どちらも——間違っていない。
そして——
どちらも、止まれない。
その時。
ヴァレリアが、一歩前へ出る。
拳を握る。
震えている。
だが——言う。
「……やめろ」
声を張る。
全員の視線が向く。
「争いは——」
一拍。
「止めるべきだ」
「命を奪い合う理由にはならない」
言葉。
正しい。
だが——
軽い。
沈黙。
誰も、すぐには返さない。
そして——
ダークエルフの長が、口を開く。
「……誰だ」
一言。
ヴァレリアが息を呑む。
「貴様は」
冷たい。
「我らの歴史を——」
「何一つ知らぬ者が」
一歩。
「何を止める」
エルフの長も、静かに続ける。
「……あなたは」
悲しげに。
「どれだけの“積み重ね”を見てきたのですか」
「何百年」
「何千年」
一拍。
「どれだけの命が、この地で消えたか」
視線が落ちる。
世界樹の根元。
そこにあるもの。
見えない。
だが——
確かにある。
「それを——」
静かに。
「“やめろ”の一言で済ませるのですか」
ヴァレリアの呼吸が乱れる。
(……違う)
(私は——)
(正しいことを——)
だが。
言葉が、出ない。
何も——返せない。
自分の言葉が。
この場で。
あまりにも——軽いと。
理解してしまう。
膝が、わずかに揺れる。
価値観が。
崩れる。
音を立てて。
その時。
場の端。
オーガたち。
ナイザーが腕を組む。
メントがぼそりと。
「……長ぇな」
小さく。
隣のオーガが笑う。
「まあでも——」
気楽に。
「ヴォイド様がなんとかするだろ」
頷く。
当然のように。
疑いもなく。
「そうだな」
「困ったらヴォイド様だ」
「任せとけって感じだな」
空気が——ズレる。
緊張の中に。
異物。
だが——
不思議と。
誰も、それを否定できない。
ダークエルフの長が、その様子を見る。
エルフの長も。
ヴァレリアも。
“理解できない信頼”。
理屈ではない。
積み上げでもない。
ただ——
絶対。
中心。
その視線が——
自然と集まる。
ヴォイドへ。
何も言っていない。
何もしていない。
だが——
中心にいる。
静かに。
世界樹を見ている。
その目に。
誰もが、気づく。
(……同じだ)
(こいつも——)
(何かを、守っている)
だが。
それが何かは——
まだ、分からない。
風が吹く。
葉が落ちる。
静寂。




