出立
神殿を出たあとも、ヴァレリアの足取りは重かった。
命令は受けた。
エルフ領の調査、必要なら介入。
だが——その言葉が、胸の内で引っかかる。
(……介入)
何に対して。
誰に対して。
盆地で見たものが、思考を離れない。
あのオーガ。
あの存在。
そして——自分の判断。
廊下の光が、やけに白く見える。
「……情報が足りない」
小さく呟く。
命令に従うだけなら、考える必要はない。
だが——今は違う。
(知らないまま斬るのは……もう違う)
足を止めず、そのまま進路を変える。
向かう先は——神殿ではない。
聖統教国カルトマイコン・外縁。
情報が動く場所。教会立図書館。
静寂。
整った空気。
騎士団長が自らくる場所ではない。
だが——誰も止めない。
視線だけが刺さる。
ヴァレリアは構わず歩く。
一人の老女の前で止まる。
「エルフ領についての情報が欲しい」
単刀直入。
老女は笑う。
「騎士様がここを頼るとはな」
「代価は払う」
短く。
迷いはない。
老女の目が変わる。
「……いいだろう」
出てくるのは、断片だ。
ここより南の山脈。
越えられない境界。
海路。
唯一の侵入経路。
そして——
「その海は、ダークエルフの縄張りだ」
低く。
「見つかれば終わりだな」
一拍。
「最近は特に荒れてる。大型船が巡回してるって話じゃ」
ヴァレリアは黙って聞く。
「それでも行かれますかな?」
問われる。
迷いは——一瞬だけ。
「行く」
答えは、すぐに出た。
港。
夜。
風が強い。
波が荒い。
秘密裏に用意された、中型船。
「本当に行くのかよ」
雇われ船長が言う。
「帰れねえぞ」
ヴァレリアは頷く。
「構わない」
部下たちも、無言で続く。
止める者はいない。
もう——引き返す段階は過ぎている。
準備が整った。
船は出る。
闇の海へ。
数日。
波は荒れ、風は不安定。
それでも進む。
だが——
「来るぞ!!」
見張りの叫び。
霧の向こう。
巨大な影。
現れる。
ダークエルフの大型船。
逃げ場はない。
速度も、装備も違う。
「迎撃準備!!」
ヴァレリアが叫ぶ。
弓。
魔法。
放つ。
だが——
届かない。
相手は冷静に距離を詰める。
側面から衝撃。
船が大きく揺れる。
「乗り込まれる!!」
次の瞬間——
黒い影が、降りてくる。
無駄のない動き。
静かに。
正確に。
戦闘が始まる。
だが——一方的だった。
連携。
技術。
そして何より——海での戦い方。
足場を奪い、動きを封じ、確実に仕留める。
騎士たちは強い。
だが——“陸の強さ”だ。
鎧や重い装備。
誇りが詰まったものが今はじゃまになる。
ダークエルフの船上員がロープを投げ足を絡める。
一人、また一人と制圧される。
ヴァレリアも剣を振るう。
だが——
視界が揺れる。
足場が不安定。
間合いが狂う。
刃が届かない。
逆に——絡め取られる。
武器を落とす。
拘束。
膝をつかされる。
戦いは、終わる。
早く。
あまりにも早く。
(……これが、海)
理解する。
遅すぎた。
船は接舷される。
完全に制圧。
そして——
ダークエルフたちの船長が現れる。




