アングラ
時は、少し遡る。
オーガの村。
戦後。
ドワーフ国の支援により、整備が進み始めていた頃。
炉の煙。
整えられた地面。
巡回するオーガ。
“村”は——“拠点”へ変わりつつあった。
その頃。
王国では——敗戦処理が続いていた。
ギルド上層部の刷新。
大臣の更迭。
重傷者の治療。
すべてが後手。
すべてが応急。
国全体が、“立て直し”に追われていた。
その裏で——
静かに動く者がいた。
ボーダイ家。
敗戦の責任。
賠償。
失墜した権威。
それらを——
“取り戻す必要がある者”。
その雇われ人は、ある男と接触する。
元A級冒険者。
先の戦いで重傷を負い、引退した男。
酒場の奥。
人目を避ける席。
「……オーガのリーダーだ」
低く、掠れた声。
「異常な個体と聞く」
「普通のオーガとは違う」
一拍。
「身体は硬い」
「浅い斬撃は通らない」
「狙うなら——目か口」
視線が落ちる。
「だが」
ゆっくりと、手が動く。
膝の先。
本来、脚があるはずの場所。
何もない。
「それでも——足りない」
沈黙。
「頭を落とせば死ぬ」
だが、と続ける。
「“そう思った瞬間に終わる”」
顔を上げる。
「悪いことは言わない」
「近寄らないほうがいい」
一拍。
「……俺みたいになる」
情報は、金と共に流れる。
だがその中に——
“忠告”が混じる。
そして——
さらに深い場所。
王国闇ギルド。
相談室。
窓はない。
光は机の上のランタンだけ。
その前に座るのは——
シンショー=ボーダイ。
対面。
一人の男が立っている。
入口付近。
壁にもたれ、動かない。
サタモ。
偽名。
本名不明。
視線は低い。
だが——逃げ場がない。
「……私の名前はシンショー=ボーダイ」
声がわずかに上ずる。
「君は知っていると思うが、地方貴族の当主だ」
間。
「……懐から金貨を取り出す」
確認のように言う。
「構わないか」
視線が刺さる。
「……ゆっくりだ」
短い。
それだけで——十分だった。
シンショーはゆっくりと金貨を取り出す。
袋を置く。
重さが音になる。
「……150」
押し出す。
「前金だ」
サタモは動かない。
ただ——聞いている。
「依頼は単純だ」
言葉が早くなる。
「とある村のオーガを一体」
一拍。
「殺さずに確実に捕らえる」
指が机を叩く。
「交渉材料として使う」
「そのために女子どもがいい」
ここで、サタモの視線がわずかに上がる。
シンショーは続ける。
「リーダーを引きずり出す」
「単体で来させる」
「そこを——囲んで潰す」
「確実に首を落とす」
息を吐く。
「戦争はしない」
静かに。
「一点だけを切り取る」
「だから勝てる」
自分に言い聞かせるように。
「相手は統率されている」
「だからこそ、頭を潰せば崩れる」
一拍。
「合理的だろう?」
沈黙。
サタモは——少しだけ考える。
「……情報が足りない」
初めて口を開く。
低い声。
「その個体」
「ただのオーガじゃない」
シンショーの顔が強張る。
「……聞いている」
「だが関係ない」
強引に押す。
「どんな生物でも——条件が揃えば落とせる」
「そのために私兵を潜ませる。その隠匿魔法もお願いしたい。」
「終わればその日のうちに前金と同額をこの部屋に置く。」
サタモは、しばらく黙る。
そして——
「……分かった」
それだけ。
金を取る。
だが、その目は——冷めている。
振り返る。
音もなく出ていく。
扉が閉まる。
シンショーは——一気に息を吐く。
「……はは……」
震えたまま笑う。
(理屈は通っている)
(だから——勝てる)
そう、信じるしかない。
数日後。
オーガの村、外縁。
緩やかな丘。
ノゲシがいる。
子どもたちと共に。
袋。
食べ物。
穏やかな時間。
笑い声。
風が流れる。
遠くに魔猪の柵。
平和。
「もう少し遊んだら戻りましょう」
ノゲシが言う。
子どもたちが返事をする。
走る。
転ぶ。
笑う。
時間が過ぎる。
やがて——陽が傾く。
「そろそろ——」
その時。
違和感。
風が——止まる。
音。
抑えられた詠唱。
ノゲシが振り返る。
「……?」
一歩。
遅い。
視界が揺れる。
力が抜ける。
(魔法……?)
理解が追いつく前に——沈む。
崩れる。
地面。
音はない。
子どもたちは——まだ笑っている。
その裏で。
“影”が現れる。
完全な隠蔽。
だが——存在だけがある。
サタモ。
無駄がない。
ノゲシを持ち上げる。
一瞬だけ——手が止まる。
(軽い)
違和感。
戦闘個体ではない。
だが——
(だからこそ使える)
思考を切る。
袋。
縛る。
担ぐ。
その瞬間。
一人の子どもが振り返る。
サタモの視線が合う。
ほんの一瞬。
だが——
子どもは何も理解できない。
首を傾げる。
また走る。
サタモは動かない。
そして——消える。
音もなく。
気配もなく。
ただ——
“そこにあったはずの存在”だけが消えた。
夕焼けだけが残る。
地獄のサタモ13とかにしなかった作者を褒めて…




