誓い
宗教国家——
聖統教国カルトマイコン。
白い外壁。
都市全体を覆う壁は、汚れひとつない。
だがそれは清潔ではない。
“汚れを許さない意思”そのものだった。
中央へ向かうほど白は強くなり、
やがて視界は神殿へ収束する。
巨大な神殿。
道も、人も、制度も、思想も——
すべてがそこへ流れ込む構造。
この国の教義は単純だった。
魔族は敵。
神が人を創ったとき、魔王がそれに抗い生み出した“歪み”。
ゆえに——滅ぼすべき存在。
亜人は人より劣る。
だがそれは“未完成”。導く対象。
人間のみが完成形。
それ以外は、未完成か、逸脱か。
単純で、逃げ場のない理屈。
神殿内部。
高い天井。白い柱。
音は吸い込まれ、沈黙だけが残る。
その中心。
一人の男が立つ。
枢機卿。
ウヒシミエ=ミヒエビ。
柔らかな笑み。
だが目だけが違う。
“選別している目”。
その前。
膝をつく女。
騎士団長。
ヴァレリア=オーレナイ。
「報告いたします」
声は強い。
だがどこか、硬い。
「王国の貴族——ボーダイ家より」
「お布施および相談の申し出が」
枢機卿は、わずかに首を傾ける。
「ほう」
続きを促す。
ヴァレリアは一度息を整える。
「王国軍はオーガ軍勢に敗北」
「多大な賠償と鉱山の明け渡し」
「不平等条約を強いられたとのこと」
一拍。
「そのうえで——」
言葉を選ぶ。
「魔族とされる個体の捕縛および裁定の場を設ける」
「その正当性の監督を、我が国に依頼」
沈黙。
そして——
枢機卿は、ゆっくりと微笑んだ。
「それはまた……」
穏やかな声。
だが、その中身は冷たい。
「敗北した国家が、正義を再構築しようとする」
一歩、踏み出す。
白い床に、音はない。
「実に“整った流れ”ですね」
視線が細くなる。
「恐怖は人を正しき形へ戻す」
軽く手を振る。
「ボーダイ家には伝えなさい」
「我々は支援を惜しまない、と」
一拍。
「望むものがあれば——可能な限り」
言外の意味は、誰も口にしない。
枢機卿は続ける。
「信仰とは」
静かに。
「選別です」
「正しきものを残し」
「歪みを排する」
「それが神の意思」
視線が、ヴァレリアへ向く。
「あなたには立ち会ってもらいます」
「その裁きが正しいか」
一拍。
「そして、人を導くに足るかを」
ヴァレリアの指が、わずかに動く。
だが声は抑えられている。
「……承知しました」
短い返答。
その奥に、硬い緊張。
枢機卿は満足そうに頷く。
「ご両親を、オーガに奪われた」
事実だけを置く。
逃げ場のない事実。
一歩、近づく。
「だからこそ」
声が優しくなる。
「あなたは“選ばれた”」
静かに。
「感情に沈むか」
「理で越えるか」
目を覗き込む。
「そのどちらかを示せる存在です」
柔らかな笑み。
「これは復讐ではありません」
「証明です」
「人が正しく在れるかの」
その言葉は、重く落ちる。
ヴァレリアは顔を上げない。
「……はい」
かすかな声。
枢機卿は満足したように背を向ける。
歩き出す。
足音は静かで、遠い。
完全に消えるまで——誰も動かない。
やがて。
ヴァレリアはゆっくり立ち上がる。
顔を上げる。
視線の先。
天井は高く、白く、遠い。
「……見ていてください」
小さく。
「父さん」
「母さん」
拳が握られる。
訓練。
痛み。
積み重ねた日々。
それでも足りなかった。
守れなかった。
だから——
「今度こそ」
一歩。
「間違えない」
その言葉は、誓いではない。
選び直し。
目にあるのは炎ではない。
消えない欠落と焦燥。
「……正しさを証明する」
その瞬間。
この国の“正義”は完成しているように見えた。
だがそれは——
少しの歪みで、音を立てて崩れる形だった。
枢機卿の名前はとあるミームからですが、たぶんだれも知らないはず!




