悪意
ルインス王国。
その外れ。
街道から外れた領地。
往来は少ない。
だが——道は整っている。
意図的に、外している。
豪奢な屋敷。
石と金属で組まれた外壁。
無駄に広い庭。
灯りが——多い。
夜だというのに、昼のように明るい。
見せるための光。
中。
長い廊下。
磨かれた床。
その奥。
一室。
一人の男が、グラスを傾けている。
「……はは、いや、本当に、どうしてこうなるのかねぇ」
ゆっくりと回す。
濃い赤。
粘るワイン。
わざと時間をかける。
香りを確かめる。
味わう。
“余裕”を演出する。
シンショー=ボーダイ。
ボーダイ家当主。
一代で成り上がった男。
「一万、だろう?」
口が止まらない。
「一万だぞ?一万も集めておいて、負ける?いやいやいや、普通は勝つ、勝つに決まっている、勝てなければおかしい、そうだろう?計算が合わない、理屈が通らない、つまりこれはな——」
グラスを軽く振る。
「“現場が無能”だったってことだ」
断言。
「上の設計は正しい。数も揃っている。装備もある。補給もある。なのに負けた?じゃあ何が悪い?簡単だ。使い方だよ、“使い方”」
笑う。
止まらない。
「私はな、それをよく知っている。人も、金も、物も——どう使うか、それだけで価値が決まる。素材が良くても、料理が下手なら腐る。逆も然りだ」
一口、飲む。
満足そうに息を吐く。
「努力?ああ、いい言葉だな。下の連中が好きそうだ。だが上に立つ者がやることじゃない。効率が悪い。私はな、“無駄を削る”ことでここまで来た」
指で机を叩く。
一定のリズム。
「昔はな、拾ってきた病人を薬で無理やり立たせて売ったものだ。歩ければ価値がある。歩けなければ価値がない。それだけの話だろう?」
肩をすくめる。
「違法?はは、それは“捕まった側”の言い訳だ。私は捕まらなかった。つまり正しい。世の中は結果だよ」
笑う。
止まらない。
「邪魔なやつは消した。だがな、それも“必要な処理”だ。全体効率の最適化だよ。感情で動くから下は失敗する。私は違う」
一拍。
ゆっくりと視線を前に戻す。
「……オーガ、か」
目が細くなる。
興味。
値踏み。
「強い、らしいな。硬い、らしいな。統率されている、らしいな。結構じゃないか、結構結構。だがな——」
指を立てる。
「魔物は魔物だ」
言い切る。
「言葉を持とうが、道具を持とうが、本質は変わらない。餌で釣れるし、痛みで動く。そこに“人間側の知識”を当てる。それだけで十分だ」
歩く。
ゆっくりと。
部屋の奥へ。
そこには——枠。
組まれた木と金属。
固定具。
磔台。
すでに完成している。
「私はな、ああいう連中を“扱ったことがある”」
手で叩く。
コン、と乾いた音。
「規模は違う?関係ない。本質は同じだ。群れだ。群れはな、弱いところを突けば必ず反応する」
笑う。
楽しそうに。
「だから、子を使う」
さらりと言う。
「一体でいい。小さいやつ。弱いやつ。そういうのは価値がある。連中にとってはな」
枠を撫でる。
丁寧に。
「こうして吊るす。磔にする。隠さない。見せる。“ここにいる”と分からせる」
振り返る。
目が細い。
「呼び出すんだ。リーダーを」
口角が上がる。
「単体で来い、と。ああ、もちろん言葉は選ぶ。“話し合いの場を設けたい”“交渉の意思がある”“無益な争いは望まない”……ああいうのは好きだろう?理性的な振る舞い、ってやつだ」
肩をすくめる。
「来る。必ず来る。来ない?なら価値がない。それだけだ。その時は切り替える。私は常に“次”を用意している」
机へ戻る。
指で叩く。
トン、トン、と一定。
「来たところを囲む。数で押さえる。逃がさない。首を落とす」
首を傾げる。
「簡単だろう?」
笑う。
「統率があるなら核がある。核があるなら、そこを潰せばいい。これは商売と同じだ。元締めを落とせば、下は勝手に崩れる」
グラスを揺らす。
「残りは有象無象。私兵で十分だ。ああ、私のコマは優秀だぞ?金で動く連中はな、金の分だけ働く」
ニヤリと笑う。
「裏切る?その前に処分するさ。仕組みで縛ればいい。逃げ道を塞げばいい。人間はな、選択肢を奪えば動きが読める」
飲む。
喉を鳴らす。
「その後が美味い」
声が低くなる。
「王国を“救ってやる”。そうすればどうなる?恩だ。貸しだ。今回の失敗もな、“私がいなければもっと酷かった”とでも言えばいい」
歩く。
円を描くように。
「宰相。悪くない椅子だ。いや、むしろ遅いくらいだな。ここまで来るのに、ずいぶん回り道をした」
一瞬、思案。
だがすぐに笑う。
「……もっとも」
グラスを傾ける。
「ルインス王国が使えないなら、別でもいい」
窓の外を見る。
遠く。
「聖統教国カルトマイコン」
ゆっくりと言う。
「いい場所だ。信仰で縛る連中は扱いやすい。金と“奇跡”をちらつかせれば、いくらでも動く」
指で縁をなぞる。
「病も、怪我も——見せ方一つで“救済”になる」
笑う。
「私の薬もな、“神の恩寵”にしてしまえばいい。そうすれば——あちらでも上に行ける」
満足げに頷く。
「どちらにつくか、ではない。どちらも使う、だ」
静かに言う。
だが——止まらない。
「それが上に立つ者のやり方だ。選ぶ側になるな。選ばせる側になれ。常にだ。常に主導権を握る。それだけで世界は単純になる」
外。
檻が運ばれている。
小さい。
中で、影が動く。
弱い。
鎖が、食い込む。
屋敷の奥。
シンショーは——まだ喋っている。
誰に聞かせるでもなく。
ただ。
止まらない。
言葉で塗り固める。
自分の正しさを。
その声は——
長く。
くどく。
途切れずに続いていた。
対して。
この世界のどこかで。
ヴォイドは——
ただ、座っている。
何も言わずに。
それだけで、すべてを動かしていることなど——
この男は、まだ知らない。




