閑話:女子会
戦の後。
しばらく経った。
熱は引き、風が戻り、森はまた音を取り戻している。
オーガの村は——静かだった。
壊れていない。
減っていない。
血の匂いも、もう薄い。
だが——
あの時に積み上がった“何か”だけが、確かに残っている。
目に見えない圧。
底に沈んだ熱。
それは消えず、村の輪郭そのものを変えていた。
その外れ。
木陰。
柔らかな光が差し込む場所。
石の上に、五体の雌がいた。
ユリ。
ツツジ。
アザミ。
バス。
ノゲシ。
距離は近い。
だが——
誰も寄りかからない。
肩も触れない。
それぞれが、自分の体重を、自分で支えている。
それが当たり前の姿だった。
風が揺れる。
布が、わずかに擦れる。
以前にはなかったもの。
織られた布。
柔らかく、それでいて強い。
体の線に沿い、無駄を削ぎ落とす。
「……聞いた」
最初に口を開いたのはツツジ。
静かに。
視線は森の奥へ向いている。
「他の連中、森に行ったらしい」
一瞬の間。
アザミがすぐに食いつく。
「魔猪狩り、だろ?」
「あと度胸試し」
口元が歪む。
「いいな、それ」
笑う。
乾いた、楽しそうな笑い。
「狩って、滝に飛び込んで、火を起こして、食う」
指を折る。
「流行ってるらしいじゃねえか」
バスがゆっくり頷く。
「楽しそうだねぇ」
声は柔らかい。
少し眠そうで、だが芯はぶれない。
「いいなぁ……」
ノゲシが、ほんの少し前に出る。
小さな体。
だが、その目はしっかりと前を見ている。
「滝つぼ……危なくないのかな」
かすかな不安。
それを隠さない。
アザミが横を見る。
「お前は落ちたら死ぬな」
即答。
ノゲシは小さく頷く。
「う、うん……」
否定しない。
ツツジが口を開く。
「だが——合理的だ」
全員の視線が向く。
「狩りで力を見る」
「度胸を示す」
「獲物を共有する」
一拍。
「悪くない」
短い評価。
それで十分だった。
ユリは——黙っている。
腕を組み、石の上に立つ。
その体は大きい。
筋肉は厚く、重い。
だが——動かない。
動く必要がないからだ。
「で?」
アザミがニヤつく。
視線が一周する。
「誰がいい」
直球。
ノゲシがびくりとする。
バスは変わらない。
ツツジは、少しだけ目を閉じる。
「……ナイザー」
静かに言う。
「メントもいい」
間。
「強い」
「連携が取れている」
それだけ。
「私にとって都合がいい」
淡々と。
無駄がない。
アザミが笑う。
「お前らしいな」
肩をすくめる。
「私はクロルかクライムだな」
目が細くなる。
「いい動きするやつがいい」
それから——
少しだけ、間を置く。
「あと」
舌を出す。
「ちゃんとこっちを見るやつ」
ニヤリと笑う。
「私を見てくれるやつがいい」
「楽しいからな」
バスが、ゆっくり手を上げる。
「わたしはねぇ……」
間延びした声。
だが、自然だ。
「残ったみんなでいいよぉ」
沈黙。
アザミが吹き出す。
「雑すぎるだろ」
バスは笑う。
「だってぇ……」
肩が揺れる。
「みんな強いしぃ」
それで十分だった。
ノゲシが、小さく手を握る。
指先に力が入る。
「……私は」
少しだけ息を吸う。
そして——
「ニズムがいい」
空気が、わずかに変わる。
静かに、だが確実に。
「今は……」
視線を落とす。
「まだ、私には届かないけど」
声は小さい。
だが、逃げていない。
「でも——」
顔を上げる。
「いつか、隣に立ちたい」
静かに。
強く。
ツツジが、ほんのわずかに頷く。
アザミが笑う。
「いいじゃねぇか」
「その顔」
その時。
布が、風に揺れる。
バスが自分の腕を見る。
「これ、いいねぇ」
指で撫でる。
「軽いしぃ、動きやすい」
ノゲシが頷く。
「機織りも回るようになった」
「作れる」
ツツジが補足する。
「前とは違う」
短い沈黙。
風が通る。
「戻れないな」
誰かが言う。
否定は出ない。
ユリが——
そこで初めて口を開いた。
「……当然だ」
低い。
強い声。
全員の視線が集まる。
ユリの目が上がる。
真っ直ぐ。
揺れない。
「ヴォイド様がいる」
それだけで——
空気が変わる。
重さが増す。
「戦も、道具も、暮らしも」
言葉が続く。
「全部、変わった」
止まらない。
「強さの質が違う」
「見ている先が違う」
拳が、わずかに握られる。
「私たちは——まだ届いていない」
一歩。
前へ出る。
「だから、鍛える」
真っ直ぐ。
迷いがない。
「隣に立つために」
一瞬の沈黙。
そして——
「ヴォイド様の子を産むのは、私だ」
言い切る。
空気が止まる。
アザミが、吹き出す。
「おいおい」
ニヤつく。
「じゃあさっさと産めよ」
一撃。
ユリの動きが止まる。
顔が——赤くなる。
「いや……それは……」
視線が泳ぐ。
「その……まだ……」
拳が揺れる。
さっきまでの強さが、崩れる。
「……鍛えが足りない」
完全に崩れた。
バスが笑う。
「かわいいねぇ」
ツツジは何も言わない。
だが——
その視線は柔らかい。
ノゲシは、少しだけ微笑む。
アザミが腹を抱える。
「さっきまでの威圧どこいった」
ユリは何も返せない。
ただ、顔を伏せる。
そのとき。
遠くで音がした。
足音。
重い。
揃っている。
ツツジが顔を上げる。
「……戻ってきたな」
雄たち。
戦を終えた個体たち。
鍛錬を重ねた者たち。
帰ってくる。
五体は、立つ。
同時に。
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
ユリが一歩、前に出る。
もう顔は赤くない。
目は戻っている。
「……行くぞ」
短く。
強く。
誰も逆らわない。
それぞれが歩き出す。
風が吹く。
布が揺れる。
森が鳴る。
戦の熱は、もう暴れてはいない。
だが——
確かに残っている。
その上に。
静かに。
確かに。
“日常”が、積み上がっていた。




