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批准

——しばらく後。


戦の音が消えてから、幾日かが過ぎていた。


血の匂いは薄れ。


地面は踏み固められ。


森は、何事もなかったかのように静かさを取り戻している。


だが——


変わっていないものもある。


力関係。


それだけは、はっきりと残っていた。


オーガの村。


謁見の間。


木の床。


広い。


無駄なものは何もない。


柱も装飾も最小限。


だが——満ちている。


気配で。


圧で。


存在で。


並ぶオーガたち。


整列。


一糸乱れぬ。


間隔。


姿勢。


視線。


すべてが揃っている。


動かない。


呼吸すら、乱れない。


生きているのに——静止している。


中央奥。


一段高い場所。


ヴォイドが座っている。


深く。


背を預け。


動かない。


ただ——そこにいる。


その背後。


ナイザー。


メント。


二体は立つ。


微動だにしない。


守るでもない。


威圧するでもない。


ただ——いる。


それだけで、十分だった。


一段下。


対面。


人間。


ルインス王国。


来ているのは——一人。


大臣。


衣は整っている。


だが、その内側は崩れている。


その背後にいたはずの近衛兵は——


すでに、床に転がっている。


ドサッ


一人。


ドサッ


もう一人。


白目。


泡。


呼吸は浅い。


立っていられなかった。


耐えられなかった。


この空間に。


この圧に。


立っているのは——


大臣だけ。


横。


ドワーフの使者。


姿勢は変わらない。


筆が走る。


紙に刻まれる音。


さらさらと。


止まらない。


顔は上げない。


一度も。


記録している。


すべてを。


この場の——すべてを。


「……王は、体調を崩しており」


大臣が口を開く。


声は震えている。


だが——止めない。


止められない。


「本日は、代理として私めが」


「このたびの戦……戦闘に関し」


「我が国としての見解、ならびに——」


言葉が続く。


用意してきたもの。


整えた文章。


義務。


責務。


それらに押されるように——吐き出される。


ヴォイドは——動かない。


見ている。


ただ、それだけ。


大臣の正面。


一体のオーガが座っている。


三本角。


ニズム。


静かに。


口を開く。


「続けろ」


短い。


それだけ。


だが——十分だった。


許可。


継続の命。


大臣は頷く。


紙を開く。


指がわずかに震える。


「講和条件として——」


読み上げる。


敗北の受諾。


不可侵条約。


領域の不干渉。


交易の開始。


賠償——二千金貨。


冒険者ギルドの統制見直し。


一つ一つ。


正確に。


間違えないように。


だが——


静かすぎる。


反応がない。


肯定も。


否定も。


評価も。


何もない。


ヴォイドは、見ている。


それだけ。


(足りない)


大臣の思考が、軋む。


(これでは……足りない)


額から汗が落ちる。


止まらない。


(軽い)


(この場に対して、軽すぎる)


誰も、何も言っていない。


だが——


そう感じる。


空気が、そう言っている。


紙を閉じる。


本来なら——ここまで。


それ以上は、権限を越える。


理解している。


だが——


口が止まらない。


止められない。


「……加えて」


一歩。


踏み込む。


床が鳴る。


やけに大きく響く。


「我が国は——」


言葉が変わる。


用意していないもの。


紙にないもの。


口から出る。


・王国と本村を結ぶ街道建設


・追加賠償——二千金貨


・鉱山の開放および一部引き渡し


・技術提供および工匠派遣


・人的資源の提供


・恒久的通商優遇


・関税自主権の放棄


・領事裁判権の承認


・往来の自由化


・国内への駐屯許可


止まらない。


出る。


出す。


削る。


切る。


国を——


切り売りしている。


ニズムは、何も言わない。


表情も変わらない。


ただ——聞いている。


評価も、否定もない。


ただ——受け取る。


ヴォイドは——


見ている。


(すごいな)


(いっぱいあるな)


(よく覚えてるな)


(ずっと喋ってる)


ただ、それだけを思う。


やがて——


大臣は言い切る。


息が切れる。


肩が上下する。


沈黙。


長い。


誰も動かない。


音もない。


ヴォイドが——


わずかに口を開く。


「……ああ…」


それだけ。


一瞬。


ニズムが動く。


間を置かない。


「——承認された」


即答。


迷いはない。


ドワーフ使者が筆を止める。


一拍。


そして——書き切る。


「講和、成立」


静かに。


確定として。


それは——条約ではない。


交渉でもない。


従属の確定。


結果の記録。


大臣の足から力が抜ける。


崩れる。


膝をつく。


音が響く。


「は……はは……」


笑い。


かすれる。


涙か。


笑いか。


もう——分からない。


ただ——


終わった。


すべてが。


オーガたちは動かない。


整列したまま。


ヴォイドは、座っている。


何も変わらない。


来た時と。


同じ。


横で。


ドワーフ使者が、ほんのわずかに呟く。


「……交渉ですらなかったな」


誰にも届かない声。


だが——


紙には残る。


正確に。


そのまま。


未来に向けて。

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