自惚れ
ルインス王国。
王都。
大広間。
長い机。
磨かれた木。
その両脇に——貴族、将軍、文官が並ぶ。
衣は整い。
指には金。
胸には勲章。
空気は——軽い。
緊張はない。
張り詰めてもいない。
むしろ——緩んでいる。
「此度の討伐、問題はあるまい」
ゆったりとした声。
椅子に深く腰掛けたまま。
「A級も動いている」
別の貴族が頷く。
「数も一万」
指を立てる。
「国民の十人に一人が討伐に向かった計算だ」
笑み。
「これで負ける方が難しい」
誰も否定しない。
勝利は——前提だった。
だからこそ。
話は、すでに“その先”へ進んでいる。
「報奨の配分はどうする」
文官が書板を叩く。
「冒険者は使い捨てにはできんが——出し過ぎるな」
一拍。
「四千金貨もあれば十分だろう」
軽く言う。
金貨。
重い価値。
だが、この場では——軽い数字。
「前例になるからのぉ」
別の者が笑う。
「ここで出せば、次も要求される」
「抑えるべきだ」
「武具の現物支給でもよい」
「質は落としてな」
くすくすと笑いが漏れる。
「我々は私兵を五百出した」
貴族が指を鳴らす。
乾いた音。
「相応の報奨——あるいは税の減免を」
当然のように言う。
「治水工事への協力でもいい」
「名目はいくらでも作れる」
「復興支援でもよいな」
笑いが広がる。
「凱旋後は祝宴だ」
誰かが言う。
「王都で盛大にやるべきだ」
「戦勝記念として、金貨をばら撒いてもよい」
「民も喜ぶ」
「多少の負傷者には見舞金で済む」
軽い。
すべてが——軽い。
死も。
戦も。
数字の上にしかない。
その時。
扉が——叩き開けられた。
「——報告!!」
一人の兵が転がり込む。
血。
泥。
呼吸が乱れている。
「戦線……崩壊……!」
空気が——止まる。
「何だと?」
王の声が低く落ちる。
先ほどまでの軽さはない。
兵は息を吐きながら言う。
「情報と……違う……」
「オーガ……統率……」
言葉が切れる。
繋ぐ。
「後方……出現……」
ざわめき。
「挟撃……」
「戦闘不能……多数……」
喉が詰まる。
それでも——
「敵損害……確認できず……」
沈黙。
一拍。
「ふざけるな」
貴族が立ち上がる。
椅子が鳴る。
「何を言っている!」
「確認を飛ばせ!」
王が机を叩く。
強く。
「全てだ! 誤報であろう!」
使者が走る。
広間が揺れる。
「あり得ん……」
「一万だぞ……?」
「オーガが……?」
声が重なる。
先ほどの余裕は——消えている。
だがまだ。
現実を受け入れていない。
時間が流れる。
重い。
遅い。
次の報告が届く。
「前線部隊、大損害!」
「重傷者……多数!」
「隊列、維持不能!」
空気がさらに沈む。
さらに——
「山岳方面より敵影あり!」
「規模……三十!」
一瞬。
理解が止まる。
「は?」
誰かが笑う。
引きつった声。
「山だぞ……?」
「どうやって——」
「背後を取られています!」
椅子が倒れる。
「撤退は!?」
「困難です!」
「何をしている!!」
怒号。
「貴様らの指揮はどうなっている!」
「誰がこの作戦を通した!」
視線が飛ぶ。
ぶつかる。
「お前だろう!」
「私兵を出したのは貴様だ!」
「だから何だ、責任は王命だ!」
怒鳴り合い。
責任の押し付け。
「どう責任を取るつもりだ!!」
机が叩かれる。
王は動かない。
だが——
指が、わずかに震える。
(……早すぎたか)
(いや——違う)
(見誤った)
思考が走る。
(報告を軽く見た)
(罠を使うと……聞いていた)
(統率があるとも……)
歯が軋む。
(なぜ、森を焼こうとした)
(なぜ、包囲に固執した)
(なぜ——)
次々と浮かぶ。
(斥候をもっと出せば)
(前衛を厚くしていれば)
(退路を確保していれば)
(深追いしなければ)
遅い。
すべてが——遅い。
「現在戦力——」
報告が続く。
声が震える。
「八千……」
「六千……」
「四千……」
減る。
崩れる。
止まらない。
「重傷者の増加により——」
「戦線、維持不能!」
静寂。
完全な。
その時。
扉が開く。
今度は——静かに。
「ドワーフ国より、使者」
場違いなほど整った気配。
足音が揃う。
使者が進む。
一礼。
無駄がない。
「戦況について報告いたします」
誰も止めない。
止められない。
「王国軍は壊滅的損害」
「重傷者、多数」
「戦線は崩壊しております」
断言。
事実として。
誰かが叫ぶ。
「黙れ!!」
だが——止まらない。
「我が国は、オーガ達と不可侵を結んでおります」
ざわめき。
信じたくない現実が重なる。
「よって介入はいたしません」
一拍。
「しかし」
空気が止まる。
「戦場に残された装備」
「および重傷者」
「これらを回収し、貴国へ届けることを引き受けました」
沈黙。
誰も言い返せない。
否定できない。
「さらに——」
一歩。
「ご希望であれば」
「オーガ達との対話の場を設けることも可能です」
広間が、完全に止まる。
先ほどまで。
金貨を数え。
報奨を削り。
祝宴を語っていた者たちが——
何も言えない。
価値が、反転している。
金貨ではない。
命。
戦力。
国そのもの。
やがて。
小さく声が出る。
「……どうなさいますか」
視線が集まる。
王へ。
王は、動かない。
長く。
深く。
沈む。
残っているのは——
後悔だけ。
そして。
ゆっくりと。
それは——
決断ではなかった。
崩れたまま。
その言葉だけが、広間に残った。
「……任せる」
結構エピソードがたまってきたので、しばらく一日2話投稿できるかもです。
がんばるぞっ!




