俯瞰
石造りの広間。
高い天井。
壁に刻まれた古い紋。
火が揺れる。
だが——空気は重い。
沈んでいる。
その中心。
玉座。
ドワーフ王ドヴェルグは、動かない。
背を預ける。
肘を置く。
指先だけが、わずかに重なっている。
「報告します」
膝をついた伝令が声を張る。
声は整っている。
だが——硬い。
「オーガ軍、総数およそ七十」
「王国側、正規軍および冒険者連合、総数一万」
広間に、わずかなざわめき。
数字だけを見れば——比較にもならない。
圧倒的な差。
だが。
ドヴェルグは、静かに言った。
「……少なすぎるな」
ざわめきが走る。
空気が揺れる。
側近の一人が思わず顔を上げる。
「王よ、それは……王国は十分な兵を——」
「装備が違う」
短く。
切る。
言葉を挟ませない。
「見てきた」
それだけ。
説明はない。
だが——
それで足りる。
鉄を知る者の言葉。
重さ。
密度。
焼き。
叩き。
その全てを理解している種の判断。
この場の誰よりも——現実を知っている。
沈黙。
その意味だけが、広間に残る。
「報告!」
扉が開く。
別の伝令が駆け込む。
足音が響く。
止まる。
膝をつく。
「戦闘、開始!」
「王国軍、前線にて交戦!」
息は整っている。
だが——声が硬い。
「被害……多数!」
間。
「重症者、多数発生!」
「戦列の維持に支障が出始めています!」
ざわめきが大きくなる。
誰かが息を呑む。
想定より早い。
明らかに——早すぎる。
さらに続く。
「オーガ軍七十に対し——」
「王国軍、すでに四百以上戦闘不能!」
空気が、凍る。
「ば、馬鹿な……」
誰かが呟く。
否定。
拒絶。
だが——現実は変わらない。
玉座の上。
ドヴェルグは、動かない。
「……遅いな」
ただ、それだけ。
驚きではない。
評価。
予想との比較。
“まだその程度か”という確認。
再び、扉が開く。
強く。
「報告!!」
今度は——声が揺れている。
足が乱れる。
止まる。
膝をつく。
「オーガ軍、一部隊が——」
息を飲む。
言葉が詰まる。
それでも——出す。
「山から出現!!」
ざわめきが弾ける。
「王国軍後方へ出現!!」
「数、およそ三十!!」
場が止まる。
完全な静止。
「……は?」
「山を……?」
理解が追いつかない。
あり得ない。
通れない。
そう認識されていた場所。
だが——
起きている。
現実として。
その中で——
ドヴェルグだけが、わずかに頷いた。
「通したか」
それだけ。
知っていた者の反応。
予測の中にあった事象。
驚きはない。
確認だけ。
そして——
最後の報告。
伝令の呼吸が荒い。
言葉が途切れる。
それでも、続ける。
「後方からの挟撃により——」
「王国軍、混乱」
「統制、崩壊」
言葉が、重く落ちる。
数字が、崩れる。
「戦力……八千……」
「六千……」
「四千……」
減っていく。
削られていく。
止まらない。
さらに。
「重症者の増加により、戦線維持不能!」
「退却も困難!」
声が震える。
もう——形がない。
「この連絡をもって——」
一瞬、詰まる。
それでも言う。
「勝敗は、決したものと思われます……!」
静寂。
誰も、動かない。
音が消える。
ドヴェルグは、目を閉じない。
ただ、言う。
「……だろうな」
驚きは、ない。
予想通り。
確認が終わっただけ。
ゆっくりと立ち上がる。
椅子が軋む。
その音だけが響く。
「軍を出せ」
ざわめき。
一気に広がる。
「参戦なさるおつもりで!?」
焦り。
困惑。
だが——
「違う」
即答。
迷いはない。
「回収だ」
短く。
明確に。
「装備と——重症者を拾う」
側近たちが息を呑む。
戦場へ行く。
だが——戦わない。
「オーガに断りを入れろ」
視線が落ちる。
命令として。
当然のように。
「我らは戦場に入る」
一拍。
「戦うためではない」
さらに一拍。
「拾い、運ぶためだ」
意味が広がる。
理解が追いつく。
そして——
わずかに口元が歪む。
笑みではない。
計算の形。
「それを王国へ届ける」
誰かが言う。
絞り出すように。
「なぜ、そのような……」
ドヴェルグは答える。
「貸しを作る」
短く。
重く。
「両方にな」
沈黙。
誰も、もう何も言わない。
理解したからだ。
この戦いは——終わっている。
だが——
その“後”は、まだ始まったばかりだった。




