進軍
王国軍は、森の手前で止まった。
雪は消えている。
地は柔らかい。
踏み込めば沈む。
だが——足は止まらない。
重い装備。
重い数。
その全てが、確かな圧として地面に刻まれる。
足音が揃う。
鈍く、低く、響く。
止まる。
一斉に。
「斥候」
短い命令。
影が走る。
軽装。
最小装備。
森の奥へ消える。
枝を避ける。
地を読む。
音を消す。
見えなくなる。
時間が流れる。
誰も動かない。
待つ。
戻る。
「……罠、なし」
空気が、わずかに緩む。
「オーガの姿も確認できず」
ざわめきが走る。
小さく。
だが確実に。
「妙だな」
将軍が言う。
だが、その声は重くない。
想定外ではない。
ただの“ズレ”。
その程度の認識。
カマセが低く言う。
「……ありえません」
空気が止まる。
視線が集まる。
「罠を使う連中です」
一拍。
「何もないはずがない」
沈黙。
理解はされる。
だが——共有はされない。
将軍は、森を見る。
視線は揺れない。
「警戒は維持する」
それで十分と判断する。
そして——
「焼く」
一言。
決定。
「風は後ろから前へ流れている」
「火は森の奥へ抜ける」
計算済み。
合理的。
「視界を開く」
「潜伏も炙り出す」
兵が動く。
火種が運ばれる。
松明が配られる。
油が染みる。
火が移る。
赤が増える。
揺れる。
ヨワイーヌが、小さく言う。
「……やめた方がいいです」
声は弱い。
だが——本能。
違和感。
危険。
それでも——届かない。
誰も聞かない。
カマセが顔を上げる。
森を見る。
動かない。
静かすぎる。
(……遅い)
何が、ではない。
“何も起きなさすぎる”。
それが——異常。
「放て——」
命令が、出る。
言い終わる前に。
鳴った。
ブォォォォ——……
低い音。
重い。
空気を震わせる。
森の奥から。
一瞬。
誰も理解できない。
音の意味を。
次の瞬間——
パァァァッンッ——!!
空で、弾ける。
火ではない。
爆ぜる音。
煙。
白。
上がる。
広がる。
合図。
「——」
誰かが息を呑む。
その瞬間。
地面が——動いた。
足元。
土が、ずれる。
沈む。
割れる。
「な——」
言葉にならない。
影が、出る。
地面の下。
土を押し上げる。
割って出る。
五体。
十体。
二十。
三十——
止まらない。
森の中。
地面の下。
倒木の影。
草の裏。
“いた”。
最初から。
潜んでいた。
埋まっていた。
待っていた。
「伏兵——!!」
叫び。
だが——遅い。
すでに展開している。
オーガたちが、一斉に前へ出る。
迷いがない。
横へ広がる。
間を詰める。
面を作る。
壁。
生きた壁。
重い足音。
ドン、ドン、と地を叩く。
鎧が鳴る。
低く。
鈍く。
揃う。
隊列は崩れない。
個ではない。
面。
押し出す。
前へ。
逃げ場を潰すように。
「迎撃!!」
号令が飛ぶ。
遅れて。
兵が動く。
盾を上げる。
槍を構える。
だが——
間に合わない。
距離が、ない。
すでに——入っている。
最初の衝突。
鈍い音。
肉と鉄。
骨。
まとめてぶつかる。
人が、弾ける。
浮く。
崩れる。
「な、なんだこいつら——!!」
叫び。
混乱。
恐怖。
だが——止まらない。
オーガは止まらない。
重い。
速い。
そして——揃っている。
一体ではない。
十でもない。
面で押す。
逃げ場がない。
押される。
崩れる。
踏まれる。
後ろに下がれない。
後列が詰まる。
圧が逃げない。
戦闘は——始まった。
だがそれは、
“戦い”ではなかった。
一方的な——圧殺だった。




