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始まり

ドワーフ国から、地図がもたらされた。


それは紙だった。


だが——意味は重い。


ただの線ではない。


ただの記号でもない。


山。

川。

森。

道。


それらが“形”として、固定されている。


世界が——初めて、掴めるものになった。


オーガたちは、それを囲む。


覗き込む。


触れる。


指でなぞる。


距離を測る。


これまで、感覚だったものが——


“共有できる情報”へと変わる。


視線が、自然と一点に集まる。


オーガの村。


中央。


そこから伸びる線。


ドワーフ国。


そして——人間の王国。


三つは離れている。


だが——位置は明確だった。


三角。


その頂点の一つに、オーガの村がある。


魔の森丘。


起伏が多い。


視界が悪い。


木々が密集している。


隠れる場所が多い。


だが同時に——


外からは、見えにくい。


侵入しづらい。


「……ここか」


誰かが呟く。


その声に、反応はない。


だが全員が同じことを考えている。


——“場所”は、悪くない。


視線が、王国へ移る。


川に囲まれている。


背後には山脈。


守りの構造。


冬になれば——閉じる。


雪が道を塞ぐ。


川が動きを鈍らせる。


外からは入れない。


内側も、動けない。


閉じた国。


ドワーフ国との関係は薄い。


交易はある。


だが限定的。


冒険者が来る。


武具を買う。


金を落とす。


それだけ。


冬になれば——途絶える。


完全に閉じることもある。


その王国から——


情報が来た。


ドワーフ国を経由して。


短い報告。


だが——重い。


「……きな臭い」


低く、落ちる。


冬。


本来なら、止まる季節。


だが——止まっていない。


人が集まっている。


兵。


物資。


食料。


流れが、不自然。


増えている。


溜まっている。


蓄積している。


通常であれば——


冬は“消費”する。


だが今は違う。


溜めている。


使うために。


「……動くな」


「雪解け」


春。


道が開く。


川が緩む。


その瞬間に——


動く。


準備された力を、一気に解放する。


それは——戦の構えだった。


オーガたちは理解する。


早い。


言葉にしなくても、繋がる。


そして——動く。


発展は止めない。


鍛える。


作る。


覚える。


同時に——


考える。


情報を集める。


地形を見る。


距離を測る。


時間を割る。


そして——集まる。


中央。


地面に広げられた地図。


周囲に個体が並ぶ。


智将。


武人。


役割が分かれている。


沈黙。


地図の上に、沈黙が落ちる。


誰もが山を見ていた。


越えるか。


回るか。


その判断。


一本角が動く。


リナイズ。


「……崩れるな」


短い。


だが——意味は明確。


前が崩れても、後ろが繋ぐ。


列が乱れても、戻す。


止めない。


視線が、山から村へ移る。


「守りも同じだ」


囲いはない。


壁もない。


だからこそ——“形”で守る。


固定しない。


流動。


崩れた場所に合わせる。


組み替える。


「……止まらなければ、負けない」


それだけ言って、黙る。


二本角が笑う。


ディスナイズ。


「越える必要はないな」


指が、山をなぞる。


「抜ければいい」


沈黙。


否定は出ない。


「この山を貫く」


正面は硬い。


だが——内部は均一ではない。


弱い層。


崩れる層。


ある。


「一部隊分でいい」


「通れれば、それで勝ちだ」


視線が、王国側へ抜ける。


「後ろは、弱い」


短く歪む。


「崩すのは、そっちだ」


ディスナイズが首を傾ける。


「……どれくらいで抜ける」


低い声。


クロルが応じる。


止まらない。


「……掘削六」


「搬出四」


「補強十」


「資材十」


「食料十」


並ぶ。


流れになる。


「……止めなければ」


沈黙。


「六日」


顔が歪む。


「……いや」


首を振る。


再構築。


肉を増やす。


交代を詰める。


密度を上げる。


「……三日」


顔を上げる。


「いける」


沈黙。


誰も疑わない。


ディスナイズが頷く。


他も続く。


メタが動く。


ツルハシを持ち上げる。


指で弾く。


キン——


冷たい音。


短く、硬い。


「できるな」


「オーガ鉱石を被せたツルハシなら、三本で足りる」


重い。


だが——軽く扱う。


「鉄のままじゃ折れる」


「だから変えた」


柄を見る。


「木はやめた」


「合金にした」


握る。


軋みはない。


「これなら、折れない」


周囲を見る。


「槍も同じだ」


細い。


長い。


重い。


「今までのは、軽すぎた」


それだけ。


「俺たちに合わせた」


防具へ視線。


黒い。


鈍く光る。


「……悪くない」


「壊れにくい」


わずかに笑う。


「どれだけ来てもいい」


静かに。


「負ける気はしない」


クロルが続ける。


「抜けたら——そのまま後ろだ」


低い。


「挟む」


「逃げ場はない」


沈黙。


だが——


もう決まっている。


山は障害ではない。


時間も問題ではない。


数も足りている。


あとは——やるだけ。



少し離れた場所。


火が揺れている。


静かに。


一定に。


ヴォイドは座っていた。


ナイザー。


メント。


その横。


丸い金属。


棒のついたそれ。


その上で——肉が焼けている。


じゅう、と音がする。


油が弾ける。


交易で得たバターと香草を入れる。


香りが広がる。


ヴォイドは、無言で見ている。


ひっくり返す。


また、音が鳴る。


外では——戦が決まっている。


配置。


速度。


突破。


殲滅。


すべてが、組み上がっている。


だが——ここでは違う。


ただ、肉が焼けている。


(……いい)


それだけ。


ゆっくりと、口に運ぶ。


外は焼けている。


中は柔らかい。


肉汁があふれる。


(……うまい)


それで、十分だった。

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