本気
ルインス王国は、本気だった。
それは、言葉ではなく——数で示されていた。
ルインス国軍。
地方貴族の私兵。
そして、ギルドに属する冒険者たち。
それらすべてを動員し——
総数、およそ一万。
単なる討伐としては、明らかに過剰。
通常であれば、五百。
多くても千。
それで“十分”とされるのが、オーガ討伐の常識だった。
だが今回は違う。
誰一人として——
「やりすぎだ」とは言わなかった。
言えなかった。
それだけの報告が、すでに上がっている。
“いつものオーガではない”
その認識だけが、全体を貫いていた。
訓練は、徹底されていた。
想定敵——オーガ。
だが、その内容は従来のものとは明確に違う。
「単体での殲滅力が高い」
「突進を許すな」
「正面から受けるな、流せ」
基本は変わらない。
だが——それに続く言葉が、異質だった。
「罠の存在を前提とする」
「地形利用あり」
「統率行動を確認」
「誘導されるな」
その瞬間、兵たちの間に違和が走る。
“魔物に対する指示ではない”
誰も口には出さない。
だが——全員が感じている。
これは——
戦争の訓練だ。
前衛が盾を構える。
重盾。
厚い鉄板。
その裏で、歯を食いしばる。
「構え!」
号令。
盾が揃う。
地面を踏みしめる音が、一斉に鳴る。
「来るぞ!」
想定される衝撃。
オーガの突進。
人間を容易く吹き飛ばす質量。
「受けるな!流せ!」
衝撃を正面で止めない。
斜めに受ける。
力を逃がす。
そのための訓練。
「押し返せ!」
後列。
槍兵が構える。
長槍。
間合いの外から突き込む。
「足を止めろ!」
突く。
止める。
囲む。
「一体に対して三方向から拘束!」
動きが揃う。
三方向。
同時に踏み込む。
逃がさない。
押さえ込む。
崩す。
それは——対人戦術だった。
さらに隊は分かれる。
第一陣。
盾兵と槍兵による固定。
正面で止める。
逃がさない。
第二陣。
私兵を含めた圧殺。
数で押す。
崩す。
潰す。
第三陣。
冒険者。
遊撃。
側面。
撹乱。
「突出するな!」
「単独行動は禁止だ!」
その指示が、何度も繰り返される。
普段であればあり得ない。
A級に対して出る言葉ではなかった。
だが——
誰も反論しない。
できない。
知っているからだ。
“普通ではない”
冒険者たちは、静かに準備している。
武器を研ぐ。
装備を整える。
だが——会話は少ない。
視線が、重い。
カマセは、遠くを見ていた。
訓練場ではない。
記憶の中だ。
森の中。
静かな気配。
揃った動き。
視線。
間合い。
そして——
中心にいた個体。
(……あれは)
言葉にならない。
強い、では足りない。
賢い、でも違う。
(……違う)
理解が、拒否される。
ただ——
“危険”だけが残る。
ヨワイーヌは杖を握る。
手が震える。
無意識に力が入る。
「……一万、いるんですよね」
返事はない。
だが——
全員が同じことを考えていた。
——それでも足りるのか。
問題の中心。
オーガリーダー。
共有された情報は少ない。
「他個体より一回り大きい」
「統率の中心」
「判断能力あり」
それだけ。
だが——重い。
訓練では、その存在を仮想指揮官として設定した。
「こいつを落とせば崩れる!」
誰かが言う。
だが——
「本当にそうか?」
沈黙。
もし——崩れなかったら。
もし——次がいたら。
もし——全員が考えていたら。
思考が広がる。
だが——止める。
だからこそ、数で押す。
正面から叩く。
止める。
押し潰す。
波状攻撃。
第一陣。
ぶつける。
第二陣。
重ねる。
第三陣。
切り込む。
止めない。
途切れさせない。
息をさせない。
“考えさせない”
それが、この作戦の本質だった。
未知に対して、思考の余地を与えない。
力で。
数で。
速度で。
上書きする。
だが——不安は消えない。
訓練の合間。
兵士たちが小さく呟く。
「村を作るオーガ、だろ」
「武器も持ってるって……」
「会話もするらしい」
言葉が途切れる。
誰も、その先を言わない。
言えない。
“それはもう魔物じゃない”
その一線に触れそうになる。
だから——止める。
理解しない。
敵は敵だ。
討伐対象だ。
そう定義することで——踏みとどまる。
訓練は続く。
号令が響く。
動きは揃う。
精度は上がる。
準備は整っていく。
だが——
誰もまだ、
敵を理解していない。
それでも——
進むしかない。
それが、ルインス王国の選択だった。




