終わりの始まり
人間側への情報は、常に遅れて届く。
それがこの世界の常だった。
距離。
地形。
伝達手段。
どれを取っても——即時性はない。
だからこそ、人間は“遅れた情報”を前提に判断する。
それが、当たり前だった。
だが——
今回だけは違った。
遅れて届いたにもかかわらず、
その内容が——重すぎた。
王都。
軍議室。
石造りの広間。
高い天井。
反響する声。
その中央に、大きな地図が広げられている。
羊皮紙。
だが、その上に描かれているものは——戦場そのものだった。
森。
丘陵。
川。
そして——一点。
オーガの村。
その周囲を囲むのは、国の中枢。
将軍。
兵団長。
地方貴族。
ギルド幹部。
私兵隊長。
それぞれが、それぞれの利害を持ちながら——
この場では、一つの目的で集まっている。
総数——約一万。
国軍。
私兵。
冒険者。
あらゆる戦力が、動員されていた。
空気は張り詰めている。
だが——
それは恐怖ではない。
——戦争前の高揚。
勝てる戦。
押し潰せる戦。
その確信に近いものが、場の底に流れている。
中央に立つ将軍が、ゆっくりと口を開いた。
「オーガ集落の位置は——ここだ」
指が、地図の一点を押さえる。
森の奥。
丘陵の陰。
見通しの悪い位置。
「周囲は開けていない」
一拍。
「だが逆に言えば——逃げ場も限られる」
指が円を描く。
ゆっくりと。
確実に。
「本隊はここに陣を張る」
街道沿い。
補給線が維持できる位置。
「後方の王都より、継続的に物資を供給する」
兵糧。
武具。
医療資材。
「補給は絶やさない」
一拍。
「これは短期戦ではない」
だが——
「長引かせるつもりもない」
言い切る。
別の指揮官が前に出る。
兵団長。
「部隊構成を説明する」
声に迷いはない。
重装歩兵。
前線を押し上げる壁。
弓兵。
制圧射撃。
魔法部隊。
面制圧。
焼却。
冒険者部隊。
遊撃。
対応。
異常事態処理。
それぞれが役割を持つ。
無駄がない。
「森を焼きながら進む」
小さく、空気が揺れる。
だが反論は出ない。
「遮蔽物を減らす」
「視界を確保する」
合理的。
冷酷。
そして——正しい。
「進軍と同時に包囲を形成する」
逃げ場を削る。
圧縮する。
「最終的に——中央で殲滅する」
完璧だった。
理論として。
沈黙。
誰も異を唱えない。
その中で——
カマセが、口を開いた。
「……囲めるとは限らない」
静か。
だが——確実に響いた。
視線が集まる。
将軍が、ゆっくりと視線を向ける。
「理由は」
短い。
カマセは、わずかに言葉を選ぶ。
「森です」
それだけ。
だが——足りる。
「地形が複雑すぎる」
「完全な包囲は——」
言い切る前に。
「だから焼くのだ」
兵団長が被せる。
「視界を確保すれば、逃げ場は減る」
正しい。
「数もある」
「押し切れる」
正しい。
「魔物だ」
別の声。
「戦術など持たない」
——正しい。
普通なら。
カマセは、口を閉じる。
否定できない。
だが——違う。
その時。
ヨワイーヌが、ぽつりと呟いた。
「……あれは、待ちます」
空気が、わずかに止まる。
視線が動く。
「どういう意味だ」
ヨワイーヌは、顔を上げない。
視線は落ちたまま。
だが——言葉は出る。
「罠を使ってました」
「地形も、使ってた」
一拍。
「……急がないんです」
沈黙。
理解できない。
だが——無視できない。
カマセが続ける。
「中心に、一体いました」
全員の視線が戻る。
「他より大きい個体です」
「指示を出していた」
言葉を選ぶ。
「動きが……違った」
探す。
「普通のオーガじゃない」
そして——
「……あれが、リーダーだと思います」
沈黙。
重い。
やがて——
将軍が口を開く。
「高位個体か」
別の貴族が頷く。
「変異種だろうな」
ギルド幹部が続く。
「知能の高い個体は、稀に確認されている」
結論は——早い。
「ならば——首を取れば終わる」
カマセは、何も言えなかった。
違う。
だが——
説明できない。
将軍が、地図を叩く。
乾いた音。
「作戦は変えない」
強く。
「包囲し、殲滅する」
一拍。
「統率個体は優先排除」
誰も異を唱えない。
「地方貴族の私兵は右翼へ配置」
「国軍は中央突破」
「冒険者は遊撃として対応」
淡々と決まっていく。
淀みがない。
「過剰戦力だ」
誰かが呟く。
将軍は頷く。
「——だからいい」
言い切る。
「損耗を減らす」
「確実に潰す」
それは——
国家の意思だった。
会議は終わる。
人が動く。
鎧の擦れる音。
足音。
低いざわめき。
熱が、外へ流れていく。
カマセは、その場に残る。
地図を見る。
森。
村。
そして——山。
視線が、止まる。
(……あそこ)
何かが、引っかかる。
正面じゃない。
森でもない。
“山を越える”。
(……通れる?)
思考が、形になりかける。
だが——
「……いや」
小さく、否定する。
あり得ない。
そんなことは——
起きない。
そう思い込むことで、思考が止まる。
理解が——足りていない。
そしてそのまま——
作戦は、動き出す。




